ならそれでいいです

そろそろ優勝したい

飛行機の手触り

 その飛行機は窓の外で静止していた。

 

 久々の休日だった。今月に入ってからずっと仕事に追われていたので、目覚ましをセットしなくてもいい朝というものがこんなにもありがたいとは思わなかった。前日の夜一人で二日酔いにならない程度の飲酒をして、昼前までのんびりと眠り、目覚めると軽く伸びをしつつ一日の予定を考えながらカーテンを開けた。そこに飛行機がいた。

 それはヘリや軽飛行機などではなく、大型旅客機だった。少し薄汚れて、それでもまだ白の範疇にとどまっている機体の鼻がこの部屋に向けられていた。そして、空中に浮かんだままピタリと止まっている。僕が出張や旅行でよく乗ったことのある機体にも見えるけれど、実際のところ飛行機なんて僕には全て同じに見えるような気もする。機体があまりにも近すぎるから側部に書かれているはずの航空会社のロゴも確認出来ず、この飛行機の身元を推理するのは不可能に思えた。

 なぜ、飛行機なのだろう。なぜ、こんな場所にいるのだろう。都心を少し外れたところにある七階建てマンションの最上階。確かに落ちたらひとたまりもない高さではあるが、飛行機が飛んでいていい高さではない。仮にこの低空飛行には目を瞑ったとして、落ちもせず飛びもせず、ただ止まり続けているのはどういうわけなのだろうか。

 操縦席には誰も座っていないように見える。いやに静かだ。なんだか僕と飛行機の周囲だけが切り取られてしまっているかのような、強烈な違和感。それとも昼間の住宅地なんていうのは、どこもこれぐらい静かなものなのだろうか。自分の家の静けさの度合なんてものについて、僕は今まで考えたことがなかった。

 

 寝起きで少し喉が渇くので、水分を求めてリビングへ向かうことにした。牛乳でも飲んで、少し頭を落ち着けてから飛行機のことを考えようと思った。 

 リビングでは美代が、ノートパソコンの前に座って頭を悩ませていた。元々Webメディアの編集を仕事にしていた彼女は、去年の暮れにフリーライターに転じてからはそのほとんどの時間を家で過ごすようになっていた。

 僕はキッチンの奥にある冷蔵庫を開けて、牛乳パックを取り出した。残りが少ないようだったので、コップに注がずパックから直接喉に流し込んだ。喉の渇きはなくなったけれど、飛行機のことはなにも分からないままだった。

 飛行機が街中で停まっているなんておかしな現象なら、ニュースにでもなっているかもしれない。そう考えた僕はスマートフォンを取り出して、いくつかのニュースサイトを立ち上げてみた。けれど、どのサイトも真っ白いページが表示されるだけで、一向に立ち上がる気配がない。端末か電波のどちらかに不具合が生じているのだろうか。諦めた僕は部屋着のポケットに物言わぬ電話機をしまった。

 

「ねえ、あなた昨日私が寝てからテレビを観た?」

 不意に、美代が僕に尋ねた。

「いいや、観てないよ。昨日は帰ってきたら部屋で少し飲んで、そのまま寝たんだ」

「ふうん。なんだか朝からテレビの調子が悪いのよ。故障かしら」

 最後はほとんど独り言のようにそう言って、美代はまたパソコンと睨み合いを始めた。テレビの不具合にはそこまでの関心は無いようだった。薄く聞こえる鼻歌が、軽快に叩かれるキーボードの音と混ざりあっていく。

 

 離婚が決まってからというもの、美代はすっかり穏やかになった。というよりは、元の穏やかな美代に戻ったという表現が正しいのだろうか。もしかしたら美代も僕に対して同じことを思っているのかもしれない。ここ何年か、僕たちは穏やかではなかった。

 数年間に及ぶ罵り合い、憎み合いを経て、僕たちはすっかり燃え尽きてしまった。だけど、燃え尽きたはずの身体からときどき燻りや煙が見え隠れして、それが僕を困惑させた。

 僕の人間の部分はまだ美代と一緒にいてもいいかもしれないと言っているのだけど、僕の動物の部分はこの雌から得られるだけの愛はもらい尽くしたと言っている。僕らの愛の送受信はとっくにその季節を終えていて、今ではただダシガラになった情が二つ転がっているだけだ。

 その二つが腐ってしまわないうちに別れようというのが、僕と美代の出した結論だった。でも、この問題は二人だけで解決してしまっていいものではない。僕は本棚の上に置かれたぬいぐるみの群れを見た。その中に飛行機のぬいぐるみを見つけると、その背を掴んで持ち上げてやる。もこもことした飛行だか滑空だかが、僕の目線の高さで始まった。確かこれは、三年前家族で僕の実家に帰省したときに乗った飛行機で卓也がもらったものだ。子供用の機内食と一緒に配られていた記憶がある。あの日二時間弱のフライトの間五歳児の退屈を紛らわせてくれたこの一機は、その後すぐに飽きられてこうして今日まで忘れられていた。

 

「卓也は今日もサッカー?」

「ここのところ土日はずっとそうよ。今度低学年の子たちだけの大会があるんですって」

 行けたら観に行こうかな、と口に出そうとして、やめた。小学校の入学式も、この間の運動会も、約束だけして結局行けなかった。平謝りの僕に対して卓也はあまり気にしていないような素振りを見せていたけど、どうしても幼い我が子が無理をしているようにしか見えなかった。無理をさせている僕が言うことではないかもしれないが、優しい子なのだ。その優しさが僕と美代のどちらに似たのかは、まだ幼すぎることもあってよく分からないけれど。

 卓也は、僕らを恨むのだろうか。寂しいと言って泣くのだろうか。それともまた無理をして、なんでもないような顔をするのだろうか。僕はぬいぐるみに顔を近づけて、じっと見つめた。安っぽい水色の布で表現されている客席や操縦席の窓の中は、当然ながら窺い知れない。ある意味それは、僕の部屋の外にいる飛行機を忠実に再現していると言えた。

 

 「ねえ」

 僕は美代に語りかけた。美代はパソコンに向かったまま、「なあに?」と軽い言葉を返してきた。

「僕は良い父親でも、良い夫でも、良い男でもなかったね」

 どうしてこんな言葉が出てくるのか、自分でも分からなかった。ただ、この言葉を紡いでいるとき、僕の脳裏には飛行機の姿が浮かび続けていた。美代はいつの間にか顔を上げて、そして僕の言葉に心底驚いたというような顔を作ったあと、そっと微笑んだ。

 

「ええ、そうね。だけどそんなのお互い様でしょ」

 その表情の優しさに、僕はいろいろなことを思い出した。美代と過ごした時間の中にあった、きらめきや、くすみや、オーロラや、シミといったいろいろを。それから僕と美代の間には確かに愛が、もしくは愛のようなものがあったのだということを、ようやく明確に思い出せたのだった。それはあたたかな回顧だった。

 飛行機のぬいぐるみを元の場所に戻した。「タバコを吸ってくるよ」と言って、自分の部屋の扉を開けた。為すべきことが全て分かったような気分で、嬉しくて嬉しくて仕方がなくなってくる。

 

 部屋の窓からベランダに出て、飛行機に近づいた。その鼻の先端をそっと撫でた。

 それはとてもザラザラしていて、僕の知らない手触りだった。

 

 

 

 

 

 

『ロッタレイン』の第一巻、やっと出ましたね。

ロッタレイン 1 (ビッグコミックススペシャル)

ロッタレイン 1 (ビッグコミックススペシャル)

 

もう「いつ単行本が出るの?」と死ぬほど言いまくってた漫画なんですよ。月刊誌で連載始まってから二年とか経ってて、もう単行本分のストックなんて余裕であるはずなのに単行本出る気配なくて。で、そんなこんなで連載終わるし、なんなら掲載誌のヒバナ自体刊行終わっちゃうし(ほとんどの作品がマンガワン移行なのほんとに悲しい)で。おいおいおいおいって思ってたんですけど、ヒバナ刊行終了のお知らせと同時にひっそり単行本が出ることが告知されててガッツポーズ作りました。

 

序盤の内容を一言で表すと「唯一の肉親だった母親を亡くし、職場でめっちゃパワハラを受けてるバス運転手の男(三十歳)が、パワハラ上司と恋人が浮気している現場を目撃したことをきっかけに頭がバグって職務中に事故を起こし骨折&入院し、その病院にかつて自分と母を捨てた父が現れ、怪我が治るまでという約束で父とその内縁の妻(元浮気相手)が暮らすに新潟の家に身を寄せることになり、その家の中学一年生の娘で勃起する」みたいな感じです。ごめんなさい、俺の一言めっちゃ長いんです。

まあとにかく最悪(褒め言葉です)なんですよ。死ぬほどどん底の状態から始まってそこから再生していく物語なのかなと思ったら、新天地も全然心休まる場所じゃないし。とにかく嫌な方嫌な方に話が転がっていくし。

というかそもそも登場人物に「良い人間」がほとんどいないです。「人間なんて基本自分が可愛くて他人は二の次だし、梅干し見たら唾出てポルノ見たら勃起するでしょ?」みたいなことを丁寧に丁寧に、そして当たりまえのことのよう積み重ねられていくんで、もう読んでるこっちはただただ無抵抗に納得するしかないんですよね。同作者の『甘い水』だとそのへんが結構デフォルメされてた気がするんですが、もうここではひたすら剥きだしです。

 

主人公なんかは特にその象徴みたいな造形で、めちゃくちゃ不幸な目にあってるのに全然応援する気にならないです。

六話の最後とかは特に顕著ですね。物語上とても大きな出来事が起こるんですが、主人公だけがその場の他の人物と全然違う方向を向いてるというか、目の前で起きていることに対してというよりそれによって生じる面倒事への不安とか、あとはその場の空気に対する気まずさとか、そういうものが先にあるということがありありと伝わってくる名シーンです。

 八話で主人公が暴走するんですけど、そことか単純に引きますからね。「なにやってんだこいつ……」みたいな。でもって本来全く共感できないはずなのに、なんだか我がことのように恥ずかしくなってくるみたいな。ほんとになんなんですかねこれ。

 

で、この漫画が凄いのはこんだけ辛くて痛い要素を孕みつつめちゃくちゃ面白いことです。読んでる間ずっと「勘弁してくれ……」って唸ってるような状態なんですが、それでもページ捲る手が止まらなくて。

それは「これからどんだけ最悪になるのか」っていう怖いもの見たさみたいな部分もあるかもしれないんですが、それよりもまず単純に物語の推進力が半端じゃないからなんですよね。あと作者の表現技術・絵の力が本当に凄いです。上述した六話のシーンとかセリフ無しですからね。それ以外にも思わず叫んでしまうようなコマとページがたくさんありました。

それからヒロインの初穂が本当に魅力的です。主人公が勃起するのも分かるな……という場面がいくつもあります。初穂の顔が近すぎる表紙も最初見たときは「近いな……」という感じだったんですが、一巻読み終えた今では「そうなるよな!」という気持ちです。まあそれでも近いことに変わりはないんですけど。

で、その魅力の描き方も本当に絶妙。いやらしくないギリギリのラインなんですよね。最近思春期辺りの男女が低い貞操観念と強い性欲の赴くままにセックスして事後一句読む、みたいな漫画をよく見かけるんですが、そういう漫画とかその漫画の中の一コマをTwitterに貼って「私だ……」とか逆に「いやセックスってこんな大層なもんじゃないでしょ……」とかほざいてる下半身以外の優勝方法を知らないブス(とそのブスにDM送ることと口元隠して自撮りすること以外趣味がないバカ)とかを薙ぎ倒すパワーがあるなと思いました。また戦争仕掛けちゃった。

 

まあとにかくどう転んでも最悪、という感じなんですが果たして物語はどういう展開を迎えるんでしょうか。来月発売の二巻、そして再来月発売の第三巻が待ち遠しくてしょうがないです。

あと作者の過去作がことごとく絶版で入手困難なので、これが爆売れして復刊とかされたら良いのになと思います。 

 

だいたいこんな感じでーす。

広告を非表示にする

犬の記憶について

 眠れない夜というのは、いつだって、誰にだって平等に訪れる。安眠は絶対的な保証のあるシェルターではない。

 平等に。そのはずなのだけど、もしかしたら僕は他人よりも少しだけ、そんな夜を多めに経験しているのかもしれない。十歳を過ぎたころから、夜になると頭の中に雲がもんもんもこもこと立ち込めてくるようになって、それが一定量を越えた日は、雲が目と鼻と耳と口から噴き出して部屋いっぱいに広がってしまい、眠れないのだった。そうなってしまうと、何か考え事でもしてその雲たちが部屋から逃げていくのを待つしかない。なんだか僕にはそれが人間として正常な動作には思えなくて、ずっと誰にも打ち明けられずにいる。

 僕が知らないだけで、実はこんなことは誰にでも起こっているのだろうか。僕が好きな人も嫌いな人も、僕を通り過ぎていった人も僕が通り過ぎていった人も、皆一様に部屋を雲で(砂で、酒で)いっぱいにしているのだろうか。仮に事実がそうだったとしても、今の僕の手にはそれを信じるための材料は一つも握られていない。同衾の経験もそうないし、睡眠に関する不具合の相談を受けるほど親しい間柄の友人もいない。僕の認識の中では、夜の隣人たちはいつだって穏やかな寝息を立てて休息を貪っている。

 そもそも睡眠とは孤独なものなのだから、他人がどういう夜を過ごしているのか考えるだけ無駄なのかもしれない。例えば男女が裸で抱き合いながらぬるい眠りを手繰っていたとして、男が高鼾をかいている横で女だけが雲に囲まれる可能性はあるのだろうか?或いはそのとき二人をコッソリと覗いている出歯亀がいたとして、彼(もしくは彼女、もしくはそれ以外)には雲は見えるのだろうか?なんていう具合に、いくらでもくだらない想像を膨らませることは可能なのだが、こんなことをしていてはそれこそ僕の部屋が雲でいっぱいになってしまう。それではたまったものじゃない。だから僕は、僕に語れることだけを語ろうと思う。少なくとも、僕が眠れないでいる夜には、僕の部屋は雲でいっぱいになる。オーケイ、これで全てだ。

 ともかく、そうやって眠れない夜が、雲を引き連れて昔馴染みのような顔で尋ねてきたとき、最近の僕はただじっと犬のことを考えている。もういない犬のことを。

 

 その犬は真っ黒な雑種犬で、見た目そのままの安直な名前を付けられていた。名付けたのは僕の二歳年上の兄だった。

 あれは、僕が八歳になってすぐのことだった。暦の上では秋で、だけど気温的にはまだ夏の残りを引きずっているような、そんな中途半端な季節。夕方、僕と兄は「金太郎」の駐車場に並んで立っていた。

 「金太郎」は僕たち兄弟が通っていた小学校までの通学路にあった飲食店だ。初老の夫婦二人で切り盛りしている小さなお店で、焼うどんが人気メニューだった。当時は分からなかったけれど、今にして思えばどちらかというと飲み屋だったのかもしれない。

 そんな「金太郎」の、三台分しかない駐車場の一つをそれは占拠していた。故郷の名産品、温州みかんの段ボール箱に入った子犬たち。「拾ってください」といったお決まりの文句はそこにはなかったけど、それの意味するところは子供の僕たちにも良く分かった。

 

「ちょっとそこで見ていてくれ」

 兄はそう言うと、僕の返事も待たずに小学校の方へ向かって歩いて行ってしまった。残された僕は、じっと子犬たちを眺めるほかなかった。

 子犬の毛色は、それぞれ別々だったと記憶している。白、黒、薄い茶、濃い茶、灰色。総勢五匹のこれらが兄弟だったのかどうか、僕にはよく分からない。僕は大人になった今でも、犬について、取り分け犬の色については詳しくない。子供の頃は尚更そうだったから、「犬たち」としか認識できなかった。

 このころの僕は、犬が苦手だった。子犬たちが見るからに衰弱していて、みぃみぃと情けない鳴き声を上げて震えていても、今まで僕に吠えたり噛みついてきたりした犬たちが被って見えてしまっていた。子供の僕は今よりずっと臆病だった。低い視点から見る世界は、怯えと虞に埋め尽くされていた。

 

 どれぐらいそうしていただろうか。僕と犬の静かなにらみ合いは、兄が友人を引き連れて戻ってきたことで終わりを告げた。ゲンくん、ヨウちゃん、シュンくん、タイチくん。兄を加えてちょうど犬の数と一致する。なるほど、一人一匹ずつ持って帰るのか。などと納得している僕を放っておいて、兄たちは誰がどの犬を連れていくのかを話し合っていた。

 まず最初に折れたのは兄だった。兄は年齢の割に出来た人間だったので、他の四人から選ばれなかった犬を連れて帰ると言い出したのだ。四人にその意見を退ける理由はなかった。兄が「どれでも可愛いもんな」と言ったのがなんだか嬉しくて、僕は大げさに頷いた。

 残った四人はしばらく意見を戦わせていたようだが、結局は当時の僕たちが何かを決めるときにいつもそうしていたように、じゃんけんで勝った人から好きな犬をドラフトしていくことに決まった。誰がどの犬を選んだのかは今となっては覚えていない。覚えているのはヨウちゃんが勝ったことと、僕たちが連れて帰るのが黒い子犬に決まったことだけだ。

 じゃんけんに勝ったヨウちゃんが、「お先!」なんて言いながら段ボール箱に近づいて、子犬を一匹抱き上げて、そして「それ」に気付いて固まった。少し離れたところで犬のいる暮らしについて思いを馳せながら、わいのわいのと騒いでいた僕たちも、ヨウちゃんの様子がおかしいことに気が付きダンボール箱に近づいて、そして「それ」を見た。このとき僕はヨウちゃんが選んだ犬を間近で見ているはずなのに、やっぱりどうしても、その色を思い出すことは出来ない。

 

 「それ」は僕たちが気が付かなかった六匹目だった。色は濃い灰色で、他の犬たちと同じように子犬だったけど、他の犬たちと違って鳴きも震えもしていなかった。温州みかんの箱の底で他の犬たちに踏まれながら、ただただ冷たく横たわっていた。命のことなんて何も知らない子供の僕たち(今だって何も分からないが)にも、全てがわかってしまった。それこそ、この駐車場で段ボール箱を見つけたときのような明瞭さで。

  誰かが、お墓を作ろうと言った。僕たちはそれに賛成して、近くの公園へと移動した。道中、みんなは各々が選んだ犬を、僕は兄から託された黒い犬を、兄は死体の入った段ボール箱を抱きかかえていた。数分歩くあいだ、誰も一言も発さなかった。

 家の近いゲンくんがスコップを取ってきてくれたので、兄がそれを使ってブランコの横に穴を掘った。小さな犬の身体がちょうどすっぽりと収まるその穴を、僕はずっと抱きっぱなしだった犬にも見せてやった。犬はずっと表情もなく、本当に見ているのかどうかも不明な眼差しを穴に送り続けていた。

 埋葬が終わると、僕たちは誰が言い出すでもなくそれぞれの家に帰っていった。これ以降、兄弟間でも友人間でも濃い灰色の犬のことが話題に上がることはなかった。兄は僕から受け取った犬を抱きかかえて、家へと向かっていつもより早く歩いた。僕はそれを、ときどき小走りになりながら追いかけた。犬は、やっぱり無表情なままだった。 

 

 帰宅した僕と兄は、両親に(確かな記憶はないが、両親が夕方に家にいたということは休日だったのだろう)犬のことを説明した。何か言われるのではないかと心配していたが、二人はいとも簡単に犬を飼うことを了承してくれた。あとになって聞くと両親はどちらも昔犬を飼った経験があって、また飼いたいという気持ちはあったものの幼い僕たちに遠慮していたらしい。

 母の指示で兄がスーパーへ買い物に出かけた。僕は母に言われて適当な段ボール箱を納屋から取ってきて、それを玄関に置くと、その中にボロのタオルを敷いた。犬をそこに放してやると、少し歩き回ったあと、適当な場所に身を埋めた。

 兄が帰ってくると、母は袋に入ったいくつかの物品からドッグフードを取り出して、何粒かを人肌程度まで冷ました熱湯と一緒に丼の中に入れた。子犬は硬いものが食べられないから、こうしてふやかしてやるのだという。ふやけたドッグフードは茶色くドロドロとしていて、とても美味しそうには見えなかった。

 

「食べてくれたら良いんだけど」

 丼を箱の中に置きながら母が言った。衰弱の度合いが問題のようだった。僕は頭の中に一瞬濃い灰色を浮かべて、そしてすぐに打ち消した。

  犬は小さな身体を少し動かして、怪訝そうにしながら丼の臭いを嗅いでいた。しばらくそうしていたあと、まずお湯を少し舐めて、それからふやけたドッグフードを口に運んだ。茶色いドロドロが透明なお湯に溶けながら、黒い子犬に吸い込まれていく。あっという間に丼に浮かべたドッグフードは無くなってしまった。犬は無表情に僕の顔を見た。

 もう、僕にとって犬は恐怖の対象ではなくなっていた。ただ弱々しく健気で、そしてそれはある意味で僕と同じように思えた。僕は優しく犬の背中をさすった。兄もさすった。母もさすった。父はリビングで新聞を読んでいた。こうして犬は家族の一員になった。 

 

 犬は翌日近所の動物病院に行って、病気はないものの栄養失調の気があるという診断を下された。けれどもそれは入院が必要なほどではなくて、餌の中に薬を混ぜるだけで改善されるようだった。僕たち家族はそれを聞いてホッと胸をなでおろした。

 安心と同時に、家族は犬のいる暮らしに慣れていった。僕たち家族の共通の傾向として、順応の早さがあるようだった。数日経つころには、一家の誰も犬の食事には感動しなくなっていた。ただ、それは必要不可欠な通過儀礼のようなものではあったし、犬が家族として完全に受け入れられたということの表れでもあった。兄や母や父の食事風景に感動しない、なんていう当たり前が犬にも同様に適用されただけの話なのである。

 ドッグフードをふやかすことだけが、犬に対しての特別扱いとして続いていた。獣医の言いつけに従って徐々にふやかす時間を短くしていった。この仕事は主に母のものだったけど、ときどき兄と僕にも割り振られた。僕がふやかし当番のときだけ、最初の食事のときのように背中をさすってやった。一か月も経った頃には、犬は毛並みも肉付きも良くなっていて、ドッグフードはドロドロしたものではなくなっていた。相変わらず茶色くはあったけど、それはちゃんと食べ物に見えた。

 犬が家族になってから三か月が経ち、獣医からもうドッグフードをふやかす必要はないとの言葉を貰った。このころになると、僕たち家族は犬に慣れるどころか、犬が玄関に居座っていることに不満を持ち始めてすらいた。兄と母がしつけを頑張ったおかげで糞尿を撒き散らしたり、夜中に無意味に吠えたりすることはなかったけれど、ただそこにいるだけで僕たちの生活に影響を与えていることは確かだった。残念なことに僕が生まれるときに建てられた家は、犬を飼うためには作られていなかった。

 その日の夜、父は庭に犬小屋を建てた。いかにも素人が急ごしらえで作ったような、粗末な小屋だった。犬を外で飼うことに不安もなくはなかったが、家族の中に異議を唱えるものはいなかった。犬は犬なので何も文句を言わず、おとなしく玄関の柱に繋がれた。そしてときどき小屋を出たり入ったり、出なかったり入らなかったりするのだった。

 

 犬がその住処を庭に移すと、僕と犬は一気に疎遠になった。壁一枚、窓一枚、ドア一枚隔てただけで、なんだか犬と完全に切り離されたような気分になってしまった。兄も母も、その度合は違えど同じ種類の感情を持っているようだった。ただ一人最初は犬に興味のなさそうだった父だけが、毎日犬を散歩に連れ出したり、庭で遊んだりしてやっていた。

 それからしばらくの間、僕と犬の間に特筆すべきことはなにも起こらなかった。僕は小学校とソフトボール部の活動で忙しかった。犬は庭でじっと静かにしていた。犬が吠えるのは夜に仕事を終えて帰ってきた父の運転する車に向かって帰宅の挨拶(或いは散歩の催促)をするときと、夜中に何者かに向かって威嚇をするときだけだった。小学校高学年になった僕は、後者を与えられたばかりの自分用の部屋で聞いていた。そのとき部屋は雲で満たされていた。

 僕が中学校に上がっても、おおよそのことはそのままだった。僕は中学校と野球部の活動で忙しく、犬は父と散歩に出かけた。僕はときどき眠れない夜を迎えて、そんなときはいつも何者かと対峙する犬の声を聞いた。「犬」という言葉が正しく意味するところは今手元に辞書がないので分からないけれど、当時の僕にとって犬とはこういう存在だった。父にだけ懐いて、夜にだけ吠える。僕には懐かなくて、朝には吠えない。そして夜空のように黒い。

 

 そんな調子だったから、僕が高校への進学に合わせて上京することになったときも、犬に対して特別になにかを思うということはなかった。そう多くはなかった友人との別れや、新生活への期待と不安といったものだけが気になっていた。上京当日の朝、空港に向かう前に久々に犬を撫でてやった。そうした方が良いような気がしたのだった。僕に頭を撫でられている間、犬は相変わらずの無表情だった。無表情のまま、僕ではなくその肩越しに見える自分の小屋を眺めていた。僕はそのときになって初めて、犬がもう随分長い間小屋を使っていないことをその寂れ具合から窺い知った。

  年に数度の帰省のたびに、僕は犬の頭を撫でた。犬はいつの間にか庭で放し飼いをされるようになっていた。父の仕事が忙しくなり、散歩に行けなくなったためとのことだった。環境が変わっても、犬は僕のことを見ずに小屋にばかりその視線は注がれていた。小屋はそこだけ時間が止まったかのように、ずっと同じ形で寂れ続けていた。小屋を壊して捨てようとすると嫌がるのよ、と母が呆れたような声で言っていたことをよく覚えている。どういうわけか実家に帰っている間はよく眠れたので、僕は部屋を雲で満たすことも犬の威嚇を聞くこともなかった。

 僕が二十歳のころ、僕たち家族は全員が故郷を離れることになった。すでに兄は進学で上京していたところに、父は海外に転勤、母は仕事のヘッドハンティングと、それぞれの事情が重なったのだった。犬はそれなりに高齢になっていて、加えて足を悪くしていた。そこそこ大柄な犬を飼える物件が少ないことや、長距離の移動に耐えられないのではないかということが懸念され、犬は故郷に残り、母の同僚の家に預けられることになった。悲しいけど仕方がない、という感情をなんとか家族で共有することにした。

 僕はその決定に特に思うところがなかった。それ以前の数年間僕と犬の関係性はずっと平行線を辿っていた。別に犬のことを忘れたことなどはなかったけど、いつも思っていたというわけでもない。今思うと随分薄情な話だとは思うけど、もうそれは今更どうにもならないことである。

 結局これ以降、僕と犬が会うことはなかった。だから、最後に会ったとき、僕が犬に対してどこを撫でたり何を言ったりしたのかはよく覚えていない。犬が無表情で、なおかつ僕のことを見ていなかったことだけは分かるのだけど。

 

 それからまた、それまでのように時間は流れていった。僕と犬は完全に違う場所を歩いていて、すれ違うことすらなかった。僕は一時期不眠症を悪化させていたけど、その時期も犬の声は聞こえなかった。犬と不眠が紐づいていたことすら僕は忘れかけていた。人を好きになったり嫌いになったり、誰かを通り過ぎたり誰かが通り過ぎていったりした。

 そんなある日、犬を預かってくれている母の元同僚から写真が送られてきた。犬がその家に迎えられてから三年ほどが経っていた。真っ黒だった犬は白髪交じりになり、そして全体の色素も薄くなっているようだった。僕はそのとき、久しく忘れていた濃い灰色のこと思い出した。

 一緒に写真を見ていた母が「随分老けちゃったわね」なんて当たり前の感想を漏らす横で、僕は一つの予感を口にしようとして、そしてやめた。それを言ってしまうことで僕がとても悲しい気持ちになってしまうことが分かっていたからだった。久しく会っていない犬にそんなことを思うなんて、僕はとても自分勝手な人間なのだろう。でもこれも、どうしようもないことなのだ。

 それからしばらくして、犬が亡くなったという報せが届いた。犬に会いたいという気持ちも少しはあったので悲しかったけど、それでもなんだか一度聞いた話をもう一度されたような感覚と、宙ぶらりんな安堵も同居していた。このようにして、犬は僕の元から永遠に失われた。これが大体一年ほど前の話だ。

 

 犬のことを考えるようになったのは犬が死んだからではなくて、少し前に交わした友人との会話がきっかけだった。その男はアジアを中心にいろんな国を放浪していて、ほとんど日本にはいないような人間だった。彼が二年ぶりに帰国するというので、僕たちは明大前の喫茶店で落ち合った。

 友人の土産話はどれもスリリングだった。モルディブで買ったスパイスが、粗悪だったのか何かが混ぜられていたのかしていたせいで強烈なトリップ作用をもたらした話や、バングラデシュで誤認逮捕されたものの、ボディランゲージと賄賂でなんとか乗り切った話なんかは、その達者な語り口もあって僕を大いに楽しませた。そんな中にあって、最も僕の興味を引いたのは彼が帰国してからの話だった。

 それはとても単純な話で、彼の実家で飼われている犬が八年ぶりに会った彼のことを覚えていたというだけのことだった。元々家族の中で友人だけが懐かれていて、無防備にお腹を向けて撫でさせるのは彼にだけ許された行為だったらしいのだけど、彼が帰宅した瞬間、彼のもとに駆け寄ってお腹を見せてきたというのだ。その話を聞いた僕の頭にはいくつもの言葉が浮かんでは消えを繰り返したのだけど、最終的に僕の口から出てきたのは「昔、犬を飼っていたよ」の一言だけだった。友人は曖昧に相槌を打つと、土産話の続きとしてインドで象に蹴飛ばされた話をしてくれた。

 

  その晩、僕は犬の記憶について考えた。ここまで語ってきたような犬に関する僕の思い出話なんかではなく、犬の中に残っていたものについての話だ。

 犬は僕のことを覚えていただろうか。兄のことを、母のことを、覚えていただろうか。父のことは恐らく覚えていただろう。じゃあその散歩道は?寂れて崩れてうらぶれて、それでも撤去されなかった小屋のことは?僕と犬とを隔てた一枚のなにかについては、どうなのだろうか。

 犬は夢を見たのだろうか。死者の夢について考えることは、つまり走馬燈に思いを馳せることでもあるのだけど、じゃあ夢は、走馬燈は、どんなものだったのだろうか。僕の家に来た日のことは思い浮かんだだろうか。僕が用意した段ボール箱を、兄が買ってきたドッグフードを、そしてそれを母がふやかしたドロドロを、思う夜はあったのだろうか。「金太郎」の路上で一緒に鳴いていた四匹を思い出すことはあったのだろうか。冷たく横たわる濃い灰色のことを、老いた自身の毛色と重ねることはあったのだろうか。初めて自分の身体をさすったときの、兄の、母の、そして僕の顔を、忘れずにいてくれたのだろうか。

 そうやって、僕の部屋は雲でいっぱいになった。その雲がどんよりとした濃い灰色をしていることに、その晩はじめて僕は気付いた。それから僕はよく犬のことを考えるようになった。

 

 僕が眠れない夜に押しつぶされそうになっているとき、犬は庭を走り回っている。ミルクでふやかしたドッグフードを食んでいる。父親の車に向かってキャンキャン吠えている。「金太郎」の駐車場で段ボール箱に入って死んだ兄弟を踏みつけている。真っ黒だった身体がどんどん白髪混じりになっていっている。僕たち家族のいなくなった街で僕たちじゃない家族に愛されている。そうして僕が結局一睡も出来ないまま、疲れの取れない身体と頭で朝の満員電車に揺られているとき、犬は崩れ落ちるようにして眠るのだ。いつまでもいつまでも、ずっとひとりぼっちのままで。

 最近、ようやく僕は自分が犬との関わり方についていくつか後悔をしていることを自覚した。これは罰で、そうでなければ呪いだ。僕が僕自身に課した、或いは僕が僕自身にかけた。犬は犬故に誰かを裁きも恨みもせず、ただいつもの無表情で、使わなくなった小屋をじっと眺めている。自分の頭を撫でている僕のことなんて、まるっきり無視しながら。だけどこれは別に、悪い話なんかではない。もちろん良い話でもないけれど。

 今となっては犬について、悲しいと思ったり寂しいと思ったりすることはない。ただ、それでも最近の僕は、たびたび犬のことを思い出してしまう。

 

 

だいたいこんな感じでーす。

広告を非表示にする

みぃ子、きれいだよ。

 みぃ子が夜中に尋ねてくるのは、なにも今日が初めてというわけではなかった。だから、突然窓が小気味よく叩かれても驚かなかったし、カーテンを開けもせずにその向こうにいるみぃ子に「今行くよ」と声を掛けた。返事代わりに「コンッ」と窓が叩かれた。

 女の子が一人で夜道を歩くのは危ない、と何度言ってもみぃ子は頑として聞き入れない。ぼくが迎えに行くと言っても断られてしまうし、そもそも家の場所を教えてくれない。どうやらみぃ子は、ぼくに自分の家を見られるのが嫌らしい。

 そんなみぃ子を見て、みぃ子はぼくのことが嫌いなんだろうかと思ったことがある。そう考えた途端、胸に何かやわらかなトンガリが刺さって、がんばって引っこ抜いてもその痕が膿んでしまったかのような痛みが広がった。ときどきそのことを考えると、眠れなくなってしまうことがあった。

 ぼくはみぃ子のことが好きだから、みぃ子がぼくを嫌いだったらそれはとても悲しい。だから先月、思い切って家を見せてくれないのはぼくのことが嫌いだから?と聞いてみた。みぃ子は驚いたような、困ったような顔を作ったあと「嫌いだったらこんなに遊んだりしないよ。家のことは恥ずかしいだけ」と答えた。出来ればみぃ子の家が見たかったのが本心だけど、とにかくそう聞いてぼくはほっとしたし、幸せな気持ちでいっぱいになった。だから、それからみぃ子に家のことを聞くのはやめにした。

 

 リュックと麦わら帽を取って、カーテンを開けた。窓の外のみぃ子はいつもそうしているように、ただただ夜空を見上げていた。それは、睨むようでもあるし見惚れるようでもある、不思議な目つきだった。虫刺されなんて恐れてないかのような、膝上丈の水色のワンピースに花柄のサンダル。今日も可愛いね、なんてキザなセリフをグッと飲み込んで、ぼくはリビングで仕事をしているママに気付かれないように、ゆっくりと窓を開けた。

 ママはぼくとみぃ子がやっていることなんかとっくのとうにお見通しで、そのうえで「子供のうちは可愛い非行ぐらいやっとかなきゃダメよねえ。けど、もしみぃ子ちゃんに怪我させたら、ただじゃ置かないよ」と言ってくれている(きっとママもぼくが家で本を読んでばかりいるから、それを心配してこのまま頭でっかちになるよりは、夜だろうが外に出たほうが良いと思ったのだろう。ぼくはもうとっくに頭でっかちな気はするけど)のだけど、それでもこうするのが良いように思えた。紳士のマナー、というやつだ。

「それで、今日はどこに行くの?」窓から外に出て、後ろ手にゆっくりと閉めながら、ぼくは聞いた。

「今日はね」何故かみぃ子はそこで一度言葉を区切って俯いた。切り揃えられた前髪があんまりにも綺麗に揺れるものだから、それを見せびらかしたいのかなとさえ思った。みぃ子の顔はアコーディオンのような前髪のたなびきに隠れて、よく見えなかった。

「レレ公園に砂ホタルを見に行くの」俯いたまま、みぃ子はそう言った。

 

 

 ママが評するところの「可愛い非行」は、だいたい半年ほど前、深まる冬の寒さに負けないように星々が精一杯輝いていた夜に始まった。その日は、玉乗りクジラを見に行った。門から入って庭をぐるっと裏手に回ったところにあるぼくの部屋を「ココッココンコン、コココンコン」というリズムで叩くぼくたちだけの秘密の合図は、その夜初めて送信されたのだった。

 初受信の信号でも、ぼくにはその意味するところがすぐ分かった。何故ならその日の夕方、学校帰りの道でみぃ子はこのリズムをずっと口ずさんでいたからだ。みぃ子からぼくも同じように歌ってほしいと頼まれながら、これにはきっと何か意図があるに違いないとその時点で思っていた。そして、その予感は正しかったわけだ。カーテンを開けるとみぃ子がそこにいたので、ぼくはあらかじめ準備していたダッフルコートを着て、窓から外に出た(あとから聞いた話だと、この時点でママにはバレていたらしい)。みぃ子は少し寒そうだったので、ニット帽を貸してやった。ママが編んだ大きいポンポンつきのやつだったから、みぃ子は嬉しそうだった。

「どうしたの?」とぼくが聞くと、みぃ子にしては珍しく、少し興奮気味に答えが返ってきた。

 昨日の夜、玉乗りクジラが近くの海岸に現れたこと。こんな田舎に現れることは、きっと今後二度とないこと。明日にはニュースになって人でごった返すから、今日が特等席で楽しむ最後のチャンスなこと。だから今夜一緒に観に行ってほしいこと。だいたいこんな感じのことをバーッと捲し立てた。ぼくは一度ママにお伺いを立てようかと考えたけど、結局そうはせず、ぼくとみぃ子の分の手袋だけ部屋から取ると、みぃ子と並んで海の方へ歩き始めた。後ろめたい気持ちも少しはあったけど、みぃ子と一緒に悪いことをするのは恥ずかしいことだとは思わなかった。

 

 ぼくの家から海までは歩いて一時間もかからないぐらいで、その間ぼくはもうほとんどスキップのようにして歩いていた。みぃ子も真似してスキップした。街灯なんてほとんど無い道なのだけど、星があまりにも綺麗に光るから夜道も全然不安じゃなかった。そうやって歩いていった先にある海岸には、確かに玉乗りクジラがいた。サイズの全く合っていないハット帽がトレードマークのそのクジラは、ぼくたちを見つけると「おやおや、かわいいお客さんだね。どれ、そろそろ始めようか」そう言った。

  玉乗りクジラはその名の通り玉乗りが得意なクジラで、世界中の海を泳いで移動しては陸に上がり、その土地の人間に玉乗りを披露するのが趣味の変わり者だった。その夜はぼくらを含めて数人の観客しかいなかったけど、玉乗りクジラは数十メートルの身体のヒレ先から頭のてっぺんにまで詰まったショーマンシップに則って手を抜かなかった。片ヒレ立ち、玉乗りしながらのジャグリング、潮で玉を月より遠くまで飛ばすとっておき……。ショーが一通り終わるとぼくもみぃ子も大きな拍手をした。みぃ子がそのまま拍手のリズムを緩めるようにして手拍子を始めると、玉乗りクジラは「アンコールありがとう」と微笑みながら、低い声でボェボェと玉乗りのテーマを歌ってくれた。それがあんまりにも下手だったから、みぃ子と二人して耳を塞いで、互いの苦笑いを見せ合った。

  それから何度か、ぼくらは夜の冒険に繰り出した。特に計画性もなく、みぃ子が面白そうなものを見つけたら突発的にぼくを連れ出すのが常だった。欠伸スイカの森に行ったこともあったし、カバの氷漬けを見に行ったこともあった。折り紙ピアノの墓場はただの銀紙が地面に刺さっているだけの場所にしか見えなかったけど、それでもみぃ子は喜んでいた。ぼくにはそれだけで充分だった。

 みぃ子の素敵なところは沢山あるけれど、興味深いものを見つけた時に、そのガラス細工みたく透き通った目が、見開かれると同時にもっともっと透き通って、ほとんど透明になってしまうところが特に好きだ。きっとみぃ子の心の中にある棚には、その透明な目の玉で見た沢山の美しいもの、素晴らしいもの、好きなものが、大事に大事に並べられているのだろう。みぃ子がぼくをその棚に並べてくれていたら嬉しいなと、心の底からそう思う。ぼくが美しかったり素晴らしかったりするかどうかは、甚だ疑問ではあるけれど。

 

 

 「サァくん、なにか考え事?」レレ公園までの道の途中。気が付くとみぃ子は、かなりの至近距離まで近づいて首を傾げていた。

「なんでもないよ。玉乗りクジラのことを思い出してたんだ」

「あーあれは素敵だったねえ。おっきかった」こーんなに、と言いながらみぃ子は両手を目一杯に広げてみせた。

 ぼくがそのシンプルすぎる感想に思わず笑ってしまうと、みぃ子も「おかしなサァくん」なんて言いながらクスクス笑った。サァくんというのはみぃ子だけが使っているぼくのあだ名で、ぼくの名前には「サァ」と呼ばれる要素は一つもないのだけど、どういう由来なのかも言わずにみぃ子はこの呼び名を使い続けている。

 

 レレ公園はぼくの家から海とは逆の方向にあって、距離で言うと海までの半分ぐらいのところにある。玉乗りクジラの話の流れから、これまで見てきたものについてのみぃ子の可愛らしい感想を聞いているうちに、いつの間にか到着してしまっていた。

 公園の入り口には一本の大きな向日葵が咲いている。二メートルあるという大きさもなかなかに立派なそれは、なぜか年中咲いていることからオバケ向日葵と呼ばれている。 たしかに珍しいものだとは思うけど、もう散々見慣れてしまっているからぼくらがこれを目的に出掛けることはない。

 と、みぃ子は突然オバケ向日葵の横へ駆け寄ると、つま先を揃えて背筋を伸ばした。そして「サァくん、わたしとどっちが大きい?」と聞いてきた。背丈比べのつもりらしかった。

 

「そんなの、全然向日葵のほうが大きいよ」ぼくは、少し呆れ気味にそう答えた。

「そっか……残念だなあ」みぃ子は本当に残念そうにそう呟いた。

「だってあれ、二メートルはあるんだぜ」

「そうだけど、いつか越えたいって思ってたの……」

 みぃ子がとてもとても悲しそうにそう言うものだから、「まだ伸びるだろ。みぃ子も、ぼくも」となんだか誰に向けているのかわからない励ましを、歯切れ悪く口にした。ぼくは今のところ、みぃ子より少しだけ(本当に少しだけだ)背が低い。女の子のほうが成長が早いとはいえ、みぃ子より小さいのはなんとなく嫌だから早く成長期が来てほしいなとも思う。そのときは、ぼくがみぃ子の代わりにひまわりより大きくなってやるのもいいかもしれない。

 

「それよりさ、今日は砂ホタルを見に行くんだろ?」ぼくは気を取り直すようにそう言って、みぃ子の頭に麦わら帽を被せてやった。みぃ子は自分では被ってこないのに帽子が好きらしく、ぼくのやつを被せてやるととても喜ぶ。

「うん。こっちだよ」

 そう言って、みぃ子は公園の中に入っていった。ぼくの麦わら帽はみぃ子の小さな頭には少しばかりブカブカで、そのせいで顔が見えないから機嫌が直ったのかどうかは分からなかった。

 

 砂ホタルについて、ぼくはあんまり詳しくない。少し本で読んだ程度だ。柔らかい砂を浅く掘ったところでその生涯のほとんどを過ごしていて、本来はとても長生きだけど地上に出ると一日も経たないうちに死んでしまう。名前の通りホタルと同じように光る機能を有しているのだけど、なぜか滅多に光らないし、光る時期もバラバラな上、光る理由も良く分かっていない。そしてホタルよりも環境の変化に敏感なため年々その数を減らしていて、レレ公園の砂場のように砂ホタルが繁殖しやすい環境を自治体が整えている場所がある。だいたいそのぐらいだ。

 だから正直なことを言うと、なんでみぃ子がぼくと砂ホタルを見に行こうと言ったのか、よくわからないでいる。 レレ公園の砂場には良く通りかかるものの、ときどき砂の下で何かが動いているのが分かる程度で、見てて楽しいものではない。環境保護のためということで砂場には入れないし、それこそ砂ホタルが光りでもしない限りはぼくもみぃ子も満足しないだろう。

 それとも、みぃ子は砂ホタルが今夜光ることを知っているのだろうか。だけどそんなのどうやって?ぼくは少し考えた。こういうのはどうだろう。みぃ子のお父さんかお母さんが生物学者で、熱心に砂ホタルを研究した結果今夜砂ホタルが光ることが分かったため、娘をその観測に向かわせた。みぃ子がぼくに家を見せたがらないのは、家には実験用の動物たちが溢れていて、とてもじゃないが人を迎えられるような状態ではないから。うん、結構悪くない。

 ぼくはこの名推理を、すぐには伝えず取っておくことにした。もし砂ホタルが本当に光ったら、そのロマンチックであろう光景を前にかっこよく披露してやろうと考えたからだ。それにもしも、みぃ子のお父さんかお母さんかが自身でも砂ホタルの発光を見に来ていた場合、こんな素晴らしい推理をするぼくのことを、きっと気に入ってくれるだろうとも思った。そのときは、ぼくはなんと言って挨拶すればいいのだろう。上手く頼めば、研究のお手伝いをさせてくれたりするのだろうか。

 

 そんな風に想像を膨らませているうちに、ぼくとみぃ子は砂場に着いた。だけど、砂ホタルはいつものように光りもせずに、砂の下を動き回っているだけだった。微かにサラサッ、サラサッ、と砂を掻き分けている音が聞こえる。ぼくは思わずみぃ子を見たけど、俯き加減の麦わら帽は、その視線に気づいているのかも分からなかった。

「みぃ子。今夜砂ホタルが光るのか?」じれったくなってしまって、思わずそう聞いた。みぃ子はようやくぼくの方を向いた。

「サァくん。ホタルってなんで光るか知ってる?」

 急にそんなことを聞かれたものだから、ぼくはすぐに答えられなかった。 砂ホタルじゃなくて普通のホタル?と聞くと、みぃ子は小さく首を縦に振った。揺れた顔が何故かとても悲しそうだったので、なんだかぼくまで悲しくなった。

 

「ホタルが光るのは求愛行動だって、本で読んだよ」

「そう、正解。じゃあ砂ホタルが光るのはなんで?」

「それは……分からないや」ぼくが読んだ本には、砂ホタルの発光には不明な点が多く、その中でも発光の目的には謎が多い。と書かれていた。

「じゃあ教えてあげる。砂ホタルが光るのはね……」そう言って、みぃ子はすっと大きく息を吸った。そして、今日一番悲しそうな顔を作った。

 

「星になるためなの」

 えっ?と聞き返そうとしたぼくの視界が、まばゆい光によって隙間なく塗りつぶされた。

 

 それらの光は、最初は青白く見えた。

 薄い砂の膜を突き抜けるようにして、刺すような輝きが無数に砂場を走り回っていた。ある光はまっすぐに、ある光はジグザグに、またある光はもうひとつの光とランデブーするようにして、とにかくめちゃくちゃに光りまくった。

 そして、それぞれの光は次第に強まっていって、他の光と混ざり、一度真っ白になったかと思うとあっという間に透明になった。透明なことは分かるけど、まぶしすぎて何も見えない。ぼくは思わず目を瞑った。

 

「砂ホタルはね。長い生涯を砂の下で過ごしながら、夜になると星や月の光をその身体にひたすら集めるの」

「みぃ子、大丈夫か?まぶしくないか?」

「何年も、何十年も光を集めて、それがいっぱいになったら、一緒に育った群れで一斉に光りながら空に飛び立つの。星になるために」

 みぃ子は目の前の光なんか目に入っていないかのように話し続けた。だけどその声はどう聞いても泣き虫なみぃ子が、泣かないようになんとか我慢しているときの声だった。ぼくはなんだか悪い予感がして、砂場からの光を掌で遮るようにしながら、ゆっくりと目を開けた。

 

 みぃ子の身体は光っていた。他の光よりももっともっと透明だった。

 みぃ子の一番綺麗なときの目と同じだな、なんてくだらないことを思ってしまった。

 

「わたしのお母さんは月の光をたくさん集めたから、わたしみたいなへんてこなのが生まれたんだって。でもへんてこだけど身体が大きいから、そのぶん遠くまで飛べるんだってさ。ほとんどの砂ホタルは空に辿り着く前に力尽きちゃうけど、みぃ子なら大丈夫だっておじいちゃんが言ってた」

 みぃ子は誇らしそうに胸を張るけど、その顔はもう涙だか鼻水だかでぐちゃぐちゃのぼろぼろだった。ぼくももう本当は何もかも分かっているはずなのに、分かったことにしたくなくて、だけどそう思えば思うほど涙があふれてきてどうしようもなかった。

「サァくん。わたしね、サァくんと会えなくなるのは悲しいけど、でも全然怖くないの。サァくんと一緒に見たたくさんの不思議で素敵なもののことを想えば、一人ぼっちで飛ぶことになってもへっちゃらなんだから」

 泣きすぎて何度もしゃくり上げて、もう全然説得力なんて失くしてしまいながら、みぃ子は言った。だけど、それが本心なのもよく分かった。今までみぃ子が心に作ってきた棚のコレクションは、みぃ子を飛ばすエンジンでもありその心の支えでもあるのだ。そしてぼくはそのコレクションの一部ではなく、その棚をみぃ子と一緒に作り上げた存在として、みぃ子の中に確かにいる。悲しくて悲しくてしかたがないのに、胸の一番奥のところがじんわり温まるのを感じた。

 

「玉乗りクジラ、すっごく歌が下手だったね。折り紙ピアノ、あれって本当にただの紙じゃなくてピアノなのかな。サァくんとは、もっといろんなところに行きたかったなあ。サァくんが大人になったら、わたしの分もたくさん素敵なものを見てね……」

「みぃ子、やめてよ。そんな話するの。ぼく、やだよ。こんなの……」

「サァくん。いつもはお兄さんぶるのに、こんなときだけわがまま言わないでよ。ほら、今のわたし、綺麗でしょ?」

 みぃ子の言葉に反応したのか、それとも単に疲れただけなのか、砂場の砂ホタルたちの光が少し弱まった。それで良く見えるようになったみぃ子の光は、やっぱり他の砂ホタルたちとは比べ物にならないぐらい透き通っていた。顔のあたりはもう涙と鼻水のがあちこちに飛び散っていて、それを通った光が少し曲がって透明な幾何学模様みたいになっている。そして、とっても綺麗だった。今までみぃ子と見てきた何よりも、不思議で素敵で綺麗だった。

 

 ぼくはもうほとんど無理矢理絞り出すようにして、「綺麗だよ」と言った。ちゃんと言葉になってくれたのか、それがみぃ子の耳に届いたのか少し不安だったけど、みぃ子は「ありがとう」と本当に本当に心から嬉しそうにそう言った。そして、今までとは比べ物にならないぐらい強く光った。

 みぃ子はぼくの頭にそっと麦わら帽を返した。ぼくの目は、もうみぃ子を映してくれなかった。まぶしいまぶしい輝きは、本来ただただ美しいものであるはずなのに、あまりにも美しすぎてしまうと、もう、目が開けていられなくなってしまうのだ。まぶしいよ、やめてよ、行かないでよ、と声に出そうとしたけれど、心臓が喉に絡まって、どうにも上手くいかなかった。

 みぃ子、来週は宇宙ゾウの日なんだよ。

 

 

 

 

 

だいたいこんな感じでーす。

望む姿で生きたいだけなのに

 夏休みが始まって一週間が経った日の昼下がり。友人の畑野の家を訪れた俺を出迎えたのは、銀色の球体だった。

 それは完璧な球状で、そして少しだけ浮遊していた。直径はだいたい一メートルほどだろうか。色は確かに銀色なのだがまぶしく光っているわけではなく、逆に周囲の光を吸い込んで重たい重たい輝きを形成していた。

 最初は部屋を間違ったのかと思ったが、家具や適当に読み捨てられた本などのこの球体を除いた部屋の全体が、何度も訪れている畑野の家であることを物語っている。そして、この部屋に人間は俺一人しかいなかった。俺はもう一度球体を見た。

 

「おう、来たか。麦茶飲むか?まあ俺注げないんだけどさ」

 球体から聞こえた声は楽し気だった。少し胴鳴りのようなものが含まれてはいるが、間違いなく聞き覚えのある畑野の声だった。なんとなくそんな予感はしていたが、この球体は畑野なのだ。

「畑野、お前どうしたんだこれ」

 俺は雑にスニーカーを脱ぎ捨てると、冷蔵庫から麦茶の入ったボトル取り出し、百均のものと思われるマグカップに注いで一気に飲み干した。美味い。やっぱり夏は麦茶に限るな、などとひとりごちながら二杯目を注ぐ。

 

「いやあ、なんて説明したもんかな。ほら、今年の夏って、めちゃくちゃに暑かっただろ」

 確かに、ここ数日は猛暑日が続いている。俺の家から畑野の家までは自転車で十分もかからないというのに、その移動だけで俺の額や首筋にはかなりの量の汗が浮かんでいた。

 

「だから哺乳類でいるのがめんどくさくなっちゃってさあ。金属はいいよ、楽で」 

 なるほど、確かに畑野の説明は筋が通っているように見えた。俺だってこの暑さには正直うんざりしているし、出来ることなら球体になってしまいたい。球体は暑さにも寒さに強い。

 だが、恐らく畑野は嘘を言っている。畑野が大学を出たあとの進路に悩んでいることや、両親と上手くいっていないこと、バイト先で人間関係のトラブルに巻き込まれていることなどを、俺は畑野の恋人の百合ちゃんから聞き及んでいる。今回の変身は、そのあたりに思い悩んでのことなのかもしれない。球体というのは煩わしさとは無縁の、非常に楽なものだから。

 

「話は分かったけど、これからどうすんだ?大学とか、生活とか」

 俺は畑野の言葉を信じたフリをして会話を続けることにした。俺が畑野の苦悩を知っているということを本人に伝えるのは野暮だと思ったからだ。実際のところがどうであれ、本人が暑さのせいと言うのなら、暑さのせいなのだ。

「学校は退学する。部屋も引き払って、山の中にでも籠って暮らすよ。球体なら食事も睡眠もいらないしな」

 畑野は本当にそう考えているのだろうか?少なくとも、声音は真剣そのものだ。

 

「家族はどうするんだ?」

「俺がいなくなっても何も思わないような連中さ」

 どうやら畑野と家族の仲は、百合ちゃんから聞いていた以上に悪いようだ。吐き捨てるような物言いと、発言と同時に重さを増す畑野球体の輝きを見ると、そう思わずにはいられない。

 

「じゃあ、百合ちゃんはどうする」

 俺がそう口にした瞬間、球体の雰囲気が変わったのが分かった。真剣さはそのままに、だけど少し寂しそうな声音で、畑野は言った。

「お前に任せる。百合は、お前が好きなんだよ」

 

 しばらく俺も畑野も黙ったままだった。俺は何を言えば良いのか分からず、ただじっと畑野の言葉を待った。畑野が何を考えてるのか、表情がないので全く読み取れない。球体というのは本当に楽なのだ。無限に思える時間の後、ようやく畑野が話し始めた。

「最近の百合がお前を見てるときの顔、俺が百合を見てるときの顔と全く同じなんだ。あの、優しい熱が頬と目の間に溜まっていくような顔。あんなの見せられたらさすがに感づくさ。一応、これでも二年以上あいつと一緒にいるんだから」

 俺は、まだ黙ったままだった。言うべきことと、言ってはいけないことが頭の中をグルグルと回って、一体どれを掴みとって畑野に伝えるべきかちっとも分からなかった。

 

「なあ、お前になら百合を任せられる。別に恨んでなんかいないさ。球体なんだしな」

「畑野、違うんだ。俺……」

「こんなことお願いして悪いと思ってる。けどお前にしか頼めないことなんだ。百合も最初は驚くと思うけど、きっと納得してくれるさ」

「畑野。俺、知ってたんだよ。お前に言われなくても、百合ちゃんの気持ち」

 

 最初は本当にただの相談だった。畑野くんが悩んでいるみたいなのに力になれない。彼女なのに情けない。呼び出された安居酒屋のカウンターでそう言って落ち込む百合ちゃんを、俺は色々な言葉で慰め、励ました。

 何度かそういった機会があったのだけど、たしかそれは五回目のときに起こったのだと思う。その晩、畑野と大きな喧嘩をしたのだと言っていた百合ちゃんは、店を出るやいなや俺の身体に寄りかかり、「私、疲れちゃいました。少し休んでいきませんか?」と甘えたような声で囁いた。俺の理性は少し震えたが、なんとか押しとどまって彼女一人をタクシーに乗せて帰らせた。

 それが一週間ほど前のことで、その日を境に百合ちゃんは俺への好意を隠さなくなった。毎日俺に会いたがったし、「畑野くんと別れたら付き合ってくれますか?」などと直接的な物言いもするようになった。俺はそれらへの返答をはぐらかし続けた。そして今日、畑野は球体になった。

 

 結局、俺は畑野に全てを打ち明けることになってしまった。他にどうしようもないように思えた。球体は相変わらず重たく輝くだけだった。

「そうか、そうだったんだな……」俺の言葉を噛みしめるようにして、畑野はそう呟いた。

「すまん、畑野。なかなか言い出せなくて」

 

「いいんだよ。気にするな。というか好都合じゃないか。俺のことなんか気にせず、百合の気持ちに応えてやってくれよ」

「畑野……」俺は心底気まずそうな、申し訳なさそうな声を作った。「俺、四角形の女の子はちょっと……」

 百合ちゃんが四角形になったのは、去年の秋のことだ。四角形とは言っても畑野の球体ほど完全なものではなく、立方体に手足が生えているような姿ではあるが。ストレスのせいだと本人は言っていた。

 

「そうなのか……」

「すまん……」

「いや、お前が謝ることじゃないさ。けど、どうしたもんかなあ」

「それなんだけど」仕切り直すように、俺は大げさな咳払いをした。

 

「まず、お前は百合ちゃんと話し合うべきだと思う。元々俺に気持ちが向いてたのだって、お前との喧嘩でヤケになったからみたいなところもあるだろうし。その辺りを確認しないで関係を終わらせるのは、百合ちゃんにも失礼だよ」

 実際、俺と百合ちゃんが二人で会っていたのは本来畑野のためだったのだ。畑野の役に立ちたいと言っていた彼女の気持ちを俺だって信じたい。

 

「俺たち、まだやり直せるのかなあ」畑野の声は、泣いているようにも聞こえた。

「それも含めて、確かめないのはただの逃げだと思うぜ。いいじゃないか、仮に振られても、球体なら平気だろ」俺は半ば無理矢理に笑顔を作ってそう言った。

「それで、球体のまま山に籠るか、人間に戻るか、それとも百合ちゃんとおそろいの四角形になるかを決めればいいさ」今度はようやく自然な笑顔で言って、球体になってから初めて畑野の身体をさするようにして触った。球体は金属特有の鈍い冷気を帯びていた。

 

「いや、それなんだが……」畑野は少し困ったような声を出した。「球体になってから、変身の仕方が分からなくなってしまったんだよな」

 ということは、元に戻る方法も分からないということか。何か手立てはないものだろうか。俺は少し考え、そして一つの思い付きと共に大げさに手を打った。

「そうだ、球体病院で検査を受けよう。何か薬もあるかもしれん」

「そうか……そうだな。そうしよう」俺の提案に畑野が乗った。確かここから歩いて行ける範囲に、そこそこ大きな球体病院があったはずだ。

 

 病院までの移動は、球体が往来を行くのはいたずらに注目を集めるという畑野の意見を聞き入れ、借りてきたリヤカーに畑野を載せて運ぶフリをすることにした。畑野は浮遊しているため重さは感じないのだが、それがなんだか逆に悲しかった。

 球体病院で事情を説明すると、畑野は検査入院をすることになった。変身によって生じる身体の変化には個人差があるため、数日間かけて慎重に検査をする必要があるらしい。「百合には検査が終わってから話すよ」そう言って、畑野は奥の病室に入っていった。

 

 それから数日後、畑野から一通の手紙が届いた。宛名は俺と百合ちゃんの連名だった。

 看護師に口述筆記で書いてもらったというその手紙には、「検査の結果、自分の身体は銀ではなく『土産物屋に売っている竜が剣に絡みついているキーホルダーの素』で出来ていることが分かり、『土産物屋に売っている竜が剣に絡みついているキーホルダーの素』から人間や他の図形に変身することは非常に難しいことも判明した。それを受け入れ、今後は『土産物屋に売っている竜が剣に絡みついているキーホルダーの素』としての人生を送ろうと思う。手始めに全国の土産物屋を巡るので、しばらく会えそうにないが心配しないでくれ」と書かれていた。

「返事なんか書かなくて良いんじゃない?」と、隣で一緒に読んでいた百合ちゃんが笑った。

 

 

f:id:kajiwaradesu:20170726014556j:plain

 

だいたいこんな感じでーす。

戦車のいない九月が来る

 先週、戦車と散歩に出たのですが、キャタピラ部からきゅららきゅららと、今まで聞いたことのないような音が鳴っていて、あれおかしいなと思い、油を差そうと考えたものの、あいにく家には質のよいものがなく(食卓の塩は岩塩なのですけれど?)、散歩の道順を変えて、『デレレッポ・チチパ』に行くことにしました。

 その日の朝食を反芻しながら歩くことが、我々の散歩の流儀であり(あなたの宗教の神様はあなたです)、その日はジャーマンポテトとカプレーゼで、それはドイツで作られて、イタリアで三角形になった(お湯につけたら戻りました)、そんな戦車に対しての私なりの気遣いです。でした。変形。

  『デレレッポ・チチパ』は吉祥寺駅前にある賓片蕗(ひんぴらふき)段落に身を横たえて埋没し、侵入した先にある戦車店(と私の視点からは解釈できる)で、そんな面倒なことをしなくとも、駱駝に乗ってくればすぐ着く(ふたこぶ駱駝のお客様限定)のですが、私は駱駝を持っておらず(戦車は持っていますが、意外なことに戦車は駱駝ではない。昭和は良かった)、そのためこのようになります。

 

 到着は到着で、出発は出発(今年の恵方はキス・キス・キス)ですが、問題はその道程にあり、戦車のキャタピラは井の頭公園で、散歩中の人類を、766人轢き殺し(目視した範囲)、多方面から遺憾の意が、出たり入ったりしたので、私も出られたり入られたりしたということになります(違ったら教えてください)。

 他にも100匹の犬(101匹目がワンちゃんです)といくつかの八百比丘尼も轢殺したのですが、鳩、鳩、鳩は無敵なので、どうにもなりませんでした(鳩はただの平和の象徴ですが、鳩、鳩、鳩となると無敵なので無理です。戦車は所詮戦車)。

 あとは猫、のんきに道端横たわる猫のまつ毛、いやその生え際の実質的には頬の、その猫の額ほどの頬(額とは?頬とは?)の、入り組んだ毛に住み着くノミの、その身体にわらわらと生えた何本かの足の、生み出し生み出される健気なジャンプ力が怖い(怖いので戦車に無理を言って一発撃ってもらうと、あたりはすっかり静かになりました。いつまでもいつまでも静かでした)。

 

 ともかく、避けようのなく=責任もない轢殺の果て、『デレレッポ・チチパ』は今日も存在、その事実に打ち震えながら営業し、店主の(・∀ ・)は初代プレステ時代のFFキャラぐらいのポリゴン度で、にこやかに笑っていました。

f:id:kajiwaradesu:20170720073505j:plain

   ↑参考資料(画像は開発中のものです)

 (・∀ ・)は(・∀ ・)であり、( ・∀・)ではないため、その差異に我々は細心の注意を払う必要があり(有史以来、前者はまたんき、後者はモララーと呼ばれていました)、間違うと以降の朝食が「泉こなた」「おがくず」「すあま」の三択のみとなってしまい、「泉こなた」を選ぶとその回数分彼女が家に住み着くことになり、それは延々堆積するのですが、稀にCVが平野綾ではなく、博多大吉声の「泉こなた」が出てくることがあり、そうすると連鎖反応で全て消えます。

「この前渋谷でもこのお店を見かけましたがあれは?」「あれもこれです。『デレレッポ・チチパ』は偏在するので」「支店ということですか?」「違います。偏在しているだけです。偏在店が点々、です」「なるほど」「わかりましたか?」「いいえ全く」「アハハハ・ハハ。偏在店にも是非お越しください、ときどき展示もやってますので。偏在展を」「はあ」「それから『デレレッポ・チチパ』について一冊の本にまとめたものが来月出版されます。いわゆるひとつの……」「偏在典ですか」「コーラです」

f:id:kajiwaradesu:20170720082550j:plain

 (・∀ ・)との会話は無益を極め、苛立ちと同時に酷く喉が渇いたので、私はさっさと要件を済ませることにしました(この間ずっとどこかでピチョ、ポチョ、チョピ、と音がしており、最初は雨漏りかなと思ったのですが、あとから確認したら木星から漏れ出てワープした宇宙麦茶でした)。

  私は戦車から異音がすることと、劣っていることと変わっていることは違うということを(・∀ ・)に伝え(概念の話をすると(・∀ ・)は喜び、割引をしてくれるのです)、それを聞いた彼(あるいは彼女、あるいはインターネット)は戦車の全体をじっくりと観察し始めました。

 そうしてしばらくして、彼の口から出た言葉は、私を酷く落胆させるもので、それはつまり戦車の異常は油差し程度では治らず、更に言うとその異常は非常に重篤で、そう遠くないうちに戦車は動かなくなってしまうということであり、私はもちろんそれを信じたくはありませんでしたが、殊戦車に於いて(・∀ ・)以上の目利きなどいませんから、私に出来ることは、静かに、穏やかに、今目の前に突如現れた事実を受け入れること、ただそれだけでした。

 私の落胆を見て、(・∀ ・)は「簡単な点検なので、料金は結構です」と言ってくれましたが、私はそれを受け入れず、半ば叩きつけるように『グイン・サーガ24巻』をレジに置き、(・∀ ・)の「装備していくかい?」の声を無視して、戦車と共に店を出ました(退店時、戦車が出入り口に引っかかり、『デレレッポ・チチパ』の残機は2まで減りましたが、『グイン・サーガ24巻』を支払ったので大丈夫です)。

 

 肩を落として、静かな、本当に静かな井の頭公園を行く私の耳には、たしかに戦車から漏れ出る異音が聞こえていて、それは私をとても悲しくさせましたが、井の頭自然文化園の入場門近くで他の音に遮られてしまいました。

 それは『完全なる高校野球の日』が、「ゾウを殺さないでください」と懇願する声で、しかし『完全なる高校野球の日』は狂っている(そのうえ臭い)ので、誰も耳を貸しませんし、そもそも井の頭自然文化園のゾウは、もういないので、私はなるべく戦車の音にだけ耳を澄ませながら、その脇を通り抜けていきました。

”はな子(はなこ、1947年 - 2016年5月26日)は、東京都武蔵野市井の頭自然文化園で飼育されていたメスのアジアゾウである[1]

第二次大戦後に初めて日本にやって来たゾウであり[2][3]2013年1月に66歳でアジアゾウの国内最高齢記録を更新し、日本で飼育された中で最も長寿のゾウとなった[1][2]。゛

 

 井の頭公園一帯を抜けると、我が家が近づいてくるのですが、それはつまり私と戦車の家で、そして近い将来私だけの家になる(そして戦車の家ではなくなる)ので、私は悲しくなり(もう、なにもかもが悲しい)、立ち止まって泣きました。

 少しして泣き止んだとき、私は戦車から聞こえる音が、かららんかららんと変わっている(前はきゅららきゅららだか、ネリリ・ハララだかでした)ことに気が付き、それはなんだか、戦車の中になにか悪くて固いようなものが、入って、回って、鳴っているかのように思え、骨だ骨骨、骨に違いないと考えました(これ以上に完璧な理論はこの世にはない)。

 その骨は、ふたこぶ駱駝、『完全なる高校野球の日』、(・∀ ・)、ジャーマンポテト、はな子、『グイン・サーガ24巻』、賓片蕗段落、岩塩、井の頭公園、100匹の犬と766人の人類といくつかの八百比丘尼、あるいはこの世の全ての骨の可能性が非常に高いのですが、私は私自身の骨だと良いな、戦車を終わらせるのが私の骨なら幸せだな、と妙に浮かれて、もう何も、悲しくも寂しくもおかしくもありませんでした。

 

 私が死んだらその骨をコックピットに投げ入れて、戦車をお墓にしてください。

 それが、たったひとつの愛なのです。

 

 

 

だいたいこんな感じでーす。

「過ぎたことは過ぎたこと」なんて言って、俺たち会ったら昔の話ばっかじゃんね

今回は総集編でお送りします。

 

・バイトの面接で、まあそこは如才(これ、いつまで経っても「にょさい」って読んじゃうな)なくこなしたんだけど、履歴書に書いた住所を間違っていた気がしてしょうがない。連絡が配送らしいので不安。社会性。

・そのあと下川氏と北口氏と中華料理屋で会食。所謂オフ会。北口氏、会ったことも写真を見たこともないけど一発で分かった。同類は呼応し合う仕組み。鶏とネギの胡椒和えみたいなやつが美味しかった。

・北口氏は大分在住だけど来年から横浜で働き始めるらしいしたくさん遊べたらなと思う。オタクの友達は多いと嬉しい。

 

・金子のワンマンに行ってめっちゃ良くてオウワーッとなった。ちょっと遅刻したのと、後ろの方で観てたから本村が新しいベースを使ってるかどうか目視出来なかったことだけが残念だった。

・打ち上げが阿佐ヶ谷であって(ゆっくりたくさん話せてよかった)、そのあと二次会がカラオケになりそうだったから抜け出した(カラオケボックスに行くと音がデカすぎるのと暗くて狭いのとで精神が加速する)。午前二時とかだったから三駅分歩いた。

・道すがら一昨年吉祥寺に住んでた時も福田の家に行くために良く自転車で阿佐ヶ谷に行っていたことを思い出す。そのとき何度も迷ったところ(気が付いたら看板の行先が高円寺になっている)でまた迷ってしまって自分の成長しなさに笑った。前住んでた吉祥寺東町のマンションを少し眺めて四時ごろ家に着いた。

 

・「すき家に行くということはつまり、チーズ牛丼を頼むということである」誰の言葉かは知らないけれど、とても素敵で正鵠を射ていると思う。恐らく発言したのは哲学者か社会学者だろう。小説家や音楽家の口からは本当の言葉は出てこない。

・「タバスコをかける時には、タバスコの存在しなかった時代のことを考えると良い。そうすると、ちょうど良い塩梅でかけられる」これは僕の言葉だけど、かなりいい線をいっていると思う。その証拠に今僕の目の前のメニュー表には、チーズ牛丼の並盛と大盛しか書かれていない。コールスローサラダすら、だ。だけど今日は少しタバスコをかけすぎて咽た。

・レジで五百円玉を差し出して帰って来た時の十円はあんなにも頼もしそうに見えたのに、店を出て自動販売機の前に立った瞬間この世で一番情けない存在に思えてくる。こういうことは頻繁に起こる。

 

・一か月以上働いていないせいで時間が余ってしょうがないから、ずっと小説を書いていた。字数換算で十五万字ほどで、そしてそのほとんどがどうしようもない駄文なのだけど、書くことが楽しかったので良い暇つぶしにはなった。

・書いていて一番楽しかったのは餃子を主題に据えた『アメリカの鱒釣り』風のもので、僕はゲラゲラ笑いながら書いていたけど人に見せられるようなものではなかった。あとは夜行バスを舞台にしたボーイミーツガールとか、まあそんなもの。もっと上手く書けるようになったら楽しいのになと思う。

 

 

『君が電話をかけていた場所/僕が電話をかけていた場所』を読みました。タイトルこそ違いますがこの二冊で上下巻という構成です。

顔に大きな痣を持ち、そのせいで後ろ向きな人生を送ってきた主人公が、公衆電話に突如かかってきた不思議な電話の主に「痣が消えた状態で、諦めた初恋を成就させられたら主人公の勝ち。出来なければ負け」という賭けを持ち掛けられ、そして実際に痣は消え、初恋の相手とも再会するが……。という出だしの、かなりファンタジー色の強い恋愛ものです。

高校一年生の主人公の目線を通して描写される夏の雰囲気がとても良いですね。ある種のリプレイ的な内容と相まってかなりノスタルジィを喚起させられます。全編につきまとうほろ苦さも良いスパイスです。

作者の他作品と比べると少し複雑な人間関係が描かれている(単純に登場人物が多い)点や、童話の人魚姫に題材を求めている点など、かなり意欲的な作品だと思います。ジャンル的に好き嫌い分かれるかもしれませんが、エンタメ小説が好きな人は楽しめるでしょう。オススメです。

 

風船すらおかしくなる時代です

この前知り合いがTwitterで彼氏のことを「氏」と呼んでいて、おっ苛立ち~という感じだったんですが、これ仮に彼女をこのパターンに当てはめると「女」になってめっちゃカドが立つ感じありますね。まあお前にどう思われようがどうでもええんやけど。

近況なんですけど相変わらず働いてないです。というかチンポジウム以降だと散歩とスタジオでしか外出してないですね。人と会ったのはスタジオだけです。私たちもう終わりなのかな?チンポジウム以降と以前という時間の区切り方が、確かにこの世にはあります。

ブログの更新頻度を上げてからかなり定期的に無意味ショートショートみたいなのを書いててそこそこ反応もあって嬉しかったんですが、ああいうのばかり書いてると体調悪くなってきたんで今日は普通の日記というか、適当にダラダラ書くアレです。一週間ぐらい間が空いたことについてはノーコメントです。

 

今日は8日ぶりに家族以外の人類とコンタクトを取りました。まあバンドの練習なんですけど。電車に乗ったのも8日ぶりだったのでめっちゃ体調悪くなりましたね。

バンドメンバーもいいかげん付き合いが長くなってきて(全員高校時代からの知り合い)、コミュニケーションの取り方がバグってきたというか「あー」と言えば「うぅっ」と返ってきてそれで完了。みたいな。もうそんなんなんで一緒にいてもストレス無いんですよね。全人類僕が「あー」って言ったら「うぅっ」って返してくれるようになったら良いのにね。

 次のライブは7月18日に高円寺UFOクラブです。何気に出るの初めてですね(前にも誘われてたんですが、なんかめっちゃ電話掛けてくるから怖くなって着信拒否した)。余命百年やまのはの企画です。呼んでくれてサンキューな。

 

時々夜中に散歩に繰り出してはひたすら暗いアスファルトを配信してるんですが、やっぱり夜の街を歩くというのは非常に良いものだなと思います。

特に雨上がりとか最高ですね。雨上がりってなんていうか独特な匂いがするじゃないですか。あのコンクリートの匂いっていうか。なんなんですかねアレ。その独特の匂いが夏場だと余計に強烈で、外出して一度空気を吸い込むだけで全細胞があの匂いと結びついたような気持ちになるんですよね。それが好きで蒸し暑くてもつい家から出てしまいます。

あとは湿り気を孕んでより黒々としてる道路の姿とか、ささやかな水たまりが街灯でキャラキャラと輝くさまとか良いですよね。水たまりで言うと垂れたガソリンと混じってふざけた虹色みたいになってるのも好きです。世の中全部ああいうもので出来てたら良いのにね。俺とか、お前とか。あとバイトとか。

 

 夏の夜の雨上がりの道路みたいなバイト(シフト・髪型自由)を探しています。時給はいくらでも良いです。

 

 

舞城王太郎の『みんな元気。』を読みました。

みんな元気。

みんな元気。

 

中編程度の長さの表題作に掌編が二つくっついてます。なんか元は『スクールアタック・シンドローム』と合わせて一冊の単行本だったらしいです。おめでとう。

なんかネットでの評判を見てると、まとまりの無さを主な理由にそこまで評価が高くないみたいなんですが、僕はとても楽しめました。まあそもそも単純にこの人の文章が好きなんですけど。

 

僕は勝手にこのお話のテーマは「跳躍力」(ニュアンスの話なので読んだ人それぞれにこれと似たようなワードが浮かんでくると思います)だと思ったんですが、それが出るだけ出て処理されないいくつもの小さな出来事を動力に進むジェットコースター的展開の遠心力と上手く絡み合っていて、そういう意味ではまとまりがない、なんて風には全く感じませんでした。

どう考えてもめちゃくちゃで辻褄合ってねえだろ!みたいな展開を、マシンガンみたいな文章ととんでもないロマンチシズムで押し通す舞城作品の感じ本当に最高ですよね。ファンなんですけど思っていたより未読の作品多かったことに気が付いたので、ちょこちょこ手を出していきたいです。

 

予告された殺人の記録 (新潮文庫)

予告された殺人の記録 (新潮文庫)

 

あとガルシアマルケスを久しぶりに読んでいるんですけど、めちゃ面白い代わりにめちゃ読みづらいです。登場人物がみんなフルネームなのが本当にキツイ。

『予告された殺人の記録』は中編なんですがそれでも読むのにかなりかかってます。『百年の孤独』は二十歳の頃一回読んだんですけどこの感じだと再読する気にはなれないですね。

というか『百年の孤独』どこに行ったんだろう。捨てちゃったのかな。3000円とかするから買い直したくねえ~~。

今年の夏はなんとなく避けてた名作をちゃんと読んでいきたいですね。大江健三郎とか。

 

だいたいこんな感じでーす。