ならそれでいいです

そろそろ優勝したい

犬の記憶について

 眠れない夜というのは、いつだって、誰にだって平等に訪れる。安眠は絶対的な保証のあるシェルターではない。

 平等に。そのはずなのだけど、もしかしたら僕は他人よりも少しだけ、そんな夜を多めに経験しているのかもしれない。十歳を過ぎたころから、夜になると頭の中に雲がもんもんもこもこと立ち込めてくるようになって、それが一定量を越えた日は、雲が目と鼻と耳と口から噴き出して部屋いっぱいに広がってしまい、眠れないのだった。そうなってしまうと、何か考え事でもしてその雲たちが部屋から逃げていくのを待つしかない。なんだか僕にはそれが人間として正常な動作には思えなくて、ずっと誰にも打ち明けられずにいる。

 僕が知らないだけで、実はこんなことは誰にでも起こっているのだろうか。僕が好きな人も嫌いな人も、僕を通り過ぎていった人も僕が通り過ぎていった人も、皆一様に部屋を雲で(砂で、酒で)いっぱいにしているのだろうか。仮に事実がそうだったとしても、今の僕の手にはそれを信じるための材料は一つも握られていない。同衾の経験もそうないし、睡眠に関する不具合の相談を受けるほど親しい間柄の友人もいない。僕の認識の中では、夜の隣人たちはいつだって穏やかな寝息を立てて休息を貪っている。

 そもそも睡眠とは孤独なものなのだから、他人がどういう夜を過ごしているのか考えるだけ無駄なのかもしれない。例えば男女が裸で抱き合いながらぬるい眠りを手繰っていたとして、男が高鼾をかいている横で女だけが雲に囲まれる可能性はあるのだろうか?或いはそのとき二人をコッソリと覗いている出歯亀がいたとして、彼(もしくは彼女、もしくはそれ以外)には雲は見えるのだろうか?なんていう具合に、いくらでもくだらない想像を膨らませることは可能なのだが、こんなことをしていてはそれこそ僕の部屋が雲でいっぱいになってしまう。それではたまったものじゃない。だから僕は、僕に語れることだけを語ろうと思う。少なくとも、僕が眠れないでいる夜には、僕の部屋は雲でいっぱいになる。オーケイ、これで全てだ。

 ともかく、そうやって眠れない夜が、雲を引き連れて昔馴染みのような顔で尋ねてきたとき、最近の僕はただじっと犬のことを考えている。もういない犬のことを。

 

 その犬は真っ黒な雑種犬で、見た目そのままの安直な名前を付けられていた。名付けたのは僕の二歳年上の兄だった。

 あれは、僕が八歳になってすぐのことだった。暦の上では秋で、だけど気温的にはまだ夏の残りを引きずっているような、そんな中途半端な季節。夕方、僕と兄は「金太郎」の駐車場に並んで立っていた。

 「金太郎」は僕たち兄弟が通っていた小学校までの通学路にあった飲食店だ。初老の夫婦二人で切り盛りしている小さなお店で、焼うどんが人気メニューだった。当時は分からなかったけれど、今にして思えばどちらかというと飲み屋だったのかもしれない。

 そんな「金太郎」の、三台分しかない駐車場の一つをそれは占拠していた。故郷の名産品、温州みかんの段ボール箱に入った子犬たち。「拾ってください」といったお決まりの文句はそこにはなかったけど、それの意味するところは子供の僕たちにも良く分かった。

 

「ちょっとそこで見ていてくれ」

 兄はそう言うと、僕の返事も待たずに小学校の方へ向かって歩いて行ってしまった。残された僕は、じっと子犬たちを眺めるほかなかった。

 子犬の毛色は、それぞれ別々だったと記憶している。白、黒、薄い茶、濃い茶、灰色。総勢五匹のこれらが兄弟だったのかどうか、僕にはよく分からない。僕は大人になった今でも、犬について、取り分け犬の色については詳しくない。子供の頃は尚更そうだったから、「犬たち」としか認識できなかった。

 このころの僕は、犬が苦手だった。子犬たちが見るからに衰弱していて、みぃみぃと情けない鳴き声を上げて震えていても、今まで僕に吠えたり噛みついてきたりした犬たちが被って見えてしまっていた。子供の僕は今よりずっと臆病だった。低い視点から見る世界は、怯えと虞に埋め尽くされていた。

 

 どれぐらいそうしていただろうか。僕と犬の静かなにらみ合いは、兄が友人を引き連れて戻ってきたことで終わりを告げた。ゲンくん、ヨウちゃん、シュンくん、タイチくん。兄を加えてちょうど犬の数と一致する。なるほど、一人一匹ずつ持って帰るのか。などと納得している僕を放っておいて、兄たちは誰がどの犬を連れていくのかを話し合っていた。

 まず最初に折れたのは兄だった。兄は年齢の割に出来た人間だったので、他の四人から選ばれなかった犬を連れて帰ると言い出したのだ。四人にその意見を退ける理由はなかった。兄が「どれでも可愛いもんな」と言ったのがなんだか嬉しくて、僕は大げさに頷いた。

 残った四人はしばらく意見を戦わせていたようだが、結局は当時の僕たちが何かを決めるときにいつもそうしていたように、じゃんけんで勝った人から好きな犬をドラフトしていくことに決まった。誰がどの犬を選んだのかは今となっては覚えていない。覚えているのはヨウちゃんが勝ったことと、僕たちが連れて帰るのが黒い子犬に決まったことだけだ。

 じゃんけんに勝ったヨウちゃんが、「お先!」なんて言いながら段ボール箱に近づいて、子犬を一匹抱き上げて、そして「それ」に気付いて固まった。少し離れたところで犬のいる暮らしについて思いを馳せながら、わいのわいのと騒いでいた僕たちも、ヨウちゃんの様子がおかしいことに気が付きダンボール箱に近づいて、そして「それ」を見た。このとき僕はヨウちゃんが選んだ犬を間近で見ているはずなのに、やっぱりどうしても、その色を思い出すことは出来ない。

 

 「それ」は僕たちが気が付かなかった六匹目だった。色は濃い灰色で、他の犬たちと同じように子犬だったけど、他の犬たちと違って鳴きも震えもしていなかった。温州みかんの箱の底で他の犬たちに踏まれながら、ただただ冷たく横たわっていた。命のことなんて何も知らない子供の僕たち(今だって何も分からないが)にも、全てがわかってしまった。それこそ、この駐車場で段ボール箱を見つけたときのような明瞭さで。

  誰かが、お墓を作ろうと言った。僕たちはそれに賛成して、近くの公園へと移動した。道中、みんなは各々が選んだ犬を、僕は兄から託された黒い犬を、兄は死体の入った段ボール箱を抱きかかえていた。数分歩くあいだ、誰も一言も発さなかった。

 家の近いゲンくんがスコップを取ってきてくれたので、兄がそれを使ってブランコの横に穴を掘った。小さな犬の身体がちょうどすっぽりと収まるその穴を、僕はずっと抱きっぱなしだった犬にも見せてやった。犬はずっと表情もなく、本当に見ているのかどうかも不明な眼差しを穴に送り続けていた。

 埋葬が終わると、僕たちは誰が言い出すでもなくそれぞれの家に帰っていった。これ以降、兄弟間でも友人間でも濃い灰色の犬のことが話題に上がることはなかった。兄は僕から受け取った犬を抱きかかえて、家へと向かっていつもより早く歩いた。僕はそれを、ときどき小走りになりながら追いかけた。犬は、やっぱり無表情なままだった。 

 

 帰宅した僕と兄は、両親に(確かな記憶はないが、両親が夕方に家にいたということは休日だったのだろう)犬のことを説明した。何か言われるのではないかと心配していたが、二人はいとも簡単に犬を飼うことを了承してくれた。あとになって聞くと両親はどちらも昔犬を飼った経験があって、また飼いたいという気持ちはあったものの幼い僕たちに遠慮していたらしい。

 母の指示で兄がスーパーへ買い物に出かけた。僕は母に言われて適当な段ボール箱を納屋から取ってきて、それを玄関に置くと、その中にボロのタオルを敷いた。犬をそこに放してやると、少し歩き回ったあと、適当な場所に身を埋めた。

 兄が帰ってくると、母は袋に入ったいくつかの物品からドッグフードを取り出して、何粒かを人肌程度まで冷ました熱湯と一緒に丼の中に入れた。子犬は硬いものが食べられないから、こうしてふやかしてやるのだという。ふやけたドッグフードは茶色くドロドロとしていて、とても美味しそうには見えなかった。

 

「食べてくれたら良いんだけど」

 丼を箱の中に置きながら母が言った。衰弱の度合いが問題のようだった。僕は頭の中に一瞬濃い灰色を浮かべて、そしてすぐに打ち消した。

  犬は小さな身体を少し動かして、怪訝そうにしながら丼の臭いを嗅いでいた。しばらくそうしていたあと、まずお湯を少し舐めて、それからふやけたドッグフードを口に運んだ。茶色いドロドロが透明なお湯に溶けながら、黒い子犬に吸い込まれていく。あっという間に丼に浮かべたドッグフードは無くなってしまった。犬は無表情に僕の顔を見た。

 もう、僕にとって犬は恐怖の対象ではなくなっていた。ただ弱々しく健気で、そしてそれはある意味で僕と同じように思えた。僕は優しく犬の背中をさすった。兄もさすった。母もさすった。父はリビングで新聞を読んでいた。こうして犬は家族の一員になった。 

 

 犬は翌日近所の動物病院に行って、病気はないものの栄養失調の気があるという診断を下された。けれどもそれは入院が必要なほどではなくて、餌の中に薬を混ぜるだけで改善されるようだった。僕たち家族はそれを聞いてホッと胸をなでおろした。

 安心と同時に、家族は犬のいる暮らしに慣れていった。僕たち家族の共通の傾向として、順応の早さがあるようだった。数日経つころには、一家の誰も犬の食事には感動しなくなっていた。ただ、それは必要不可欠な通過儀礼のようなものではあったし、犬が家族として完全に受け入れられたということの表れでもあった。兄や母や父の食事風景に感動しない、なんていう当たり前が犬にも同様に適用されただけの話なのである。

 ドッグフードをふやかすことだけが、犬に対しての特別扱いとして続いていた。獣医の言いつけに従って徐々にふやかす時間を短くしていった。この仕事は主に母のものだったけど、ときどき兄と僕にも割り振られた。僕がふやかし当番のときだけ、最初の食事のときのように背中をさすってやった。一か月も経った頃には、犬は毛並みも肉付きも良くなっていて、ドッグフードはドロドロしたものではなくなっていた。相変わらず茶色くはあったけど、それはちゃんと食べ物に見えた。

 犬が家族になってから三か月が経ち、獣医からもうドッグフードをふやかす必要はないとの言葉を貰った。このころになると、僕たち家族は犬に慣れるどころか、犬が玄関に居座っていることに不満を持ち始めてすらいた。兄と母がしつけを頑張ったおかげで糞尿を撒き散らしたり、夜中に無意味に吠えたりすることはなかったけれど、ただそこにいるだけで僕たちの生活に影響を与えていることは確かだった。残念なことに僕が生まれるときに建てられた家は、犬を飼うためには作られていなかった。

 その日の夜、父は庭に犬小屋を建てた。いかにも素人が急ごしらえで作ったような、粗末な小屋だった。犬を外で飼うことに不安もなくはなかったが、家族の中に異議を唱えるものはいなかった。犬は犬なので何も文句を言わず、おとなしく玄関の柱に繋がれた。そしてときどき小屋を出たり入ったり、出なかったり入らなかったりするのだった。

 

 犬がその住処を庭に移すと、僕と犬は一気に疎遠になった。壁一枚、窓一枚、ドア一枚隔てただけで、なんだか犬と完全に切り離されたような気分になってしまった。兄も母も、その度合は違えど同じ種類の感情を持っているようだった。ただ一人最初は犬に興味のなさそうだった父だけが、毎日犬を散歩に連れ出したり、庭で遊んだりしてやっていた。

 それからしばらくの間、僕と犬の間に特筆すべきことはなにも起こらなかった。僕は小学校とソフトボール部の活動で忙しかった。犬は庭でじっと静かにしていた。犬が吠えるのは夜に仕事を終えて帰ってきた父の運転する車に向かって帰宅の挨拶(或いは散歩の催促)をするときと、夜中に何者かに向かって威嚇をするときだけだった。小学校高学年になった僕は、後者を与えられたばかりの自分用の部屋で聞いていた。そのとき部屋は雲で満たされていた。

 僕が中学校に上がっても、おおよそのことはそのままだった。僕は中学校と野球部の活動で忙しく、犬は父と散歩に出かけた。僕はときどき眠れない夜を迎えて、そんなときはいつも何者かと対峙する犬の声を聞いた。「犬」という言葉が正しく意味するところは今手元に辞書がないので分からないけれど、当時の僕にとって犬とはこういう存在だった。父にだけ懐いて、夜にだけ吠える。僕には懐かなくて、朝には吠えない。そして夜空のように黒い。

 

 そんな調子だったから、僕が高校への進学に合わせて上京することになったときも、犬に対して特別になにかを思うということはなかった。そう多くはなかった友人との別れや、新生活への期待と不安といったものだけが気になっていた。上京当日の朝、空港に向かう前に久々に犬を撫でてやった。そうした方が良いような気がしたのだった。僕に頭を撫でられている間、犬は相変わらずの無表情だった。無表情のまま、僕ではなくその肩越しに見える自分の小屋を眺めていた。僕はそのときになって初めて、犬がもう随分長い間小屋を使っていないことをその寂れ具合から窺い知った。

  年に数度の帰省のたびに、僕は犬の頭を撫でた。犬はいつの間にか庭で放し飼いをされるようになっていた。父の仕事が忙しくなり、散歩に行けなくなったためとのことだった。環境が変わっても、犬は僕のことを見ずに小屋にばかりその視線は注がれていた。小屋はそこだけ時間が止まったかのように、ずっと同じ形で寂れ続けていた。小屋を壊して捨てようとすると嫌がるのよ、と母が呆れたような声で言っていたことをよく覚えている。どういうわけか実家に帰っている間はよく眠れたので、僕は部屋を雲で満たすことも犬の威嚇を聞くこともなかった。

 僕が二十歳のころ、僕たち家族は全員が故郷を離れることになった。すでに兄は進学で上京していたところに、父は海外に転勤、母は仕事のヘッドハンティングと、それぞれの事情が重なったのだった。犬はそれなりに高齢になっていて、加えて足を悪くしていた。そこそこ大柄な犬を飼える物件が少ないことや、長距離の移動に耐えられないのではないかということが懸念され、犬は故郷に残り、母の同僚の家に預けられることになった。悲しいけど仕方がない、という感情をなんとか家族で共有することにした。

 僕はその決定に特に思うところがなかった。それ以前の数年間僕と犬の関係性はずっと平行線を辿っていた。別に犬のことを忘れたことなどはなかったけど、いつも思っていたというわけでもない。今思うと随分薄情な話だとは思うけど、もうそれは今更どうにもならないことである。

 結局これ以降、僕と犬が会うことはなかった。だから、最後に会ったとき、僕が犬に対してどこを撫でたり何を言ったりしたのかはよく覚えていない。犬が無表情で、なおかつ僕のことを見ていなかったことだけは分かるのだけど。

 

 それからまた、それまでのように時間は流れていった。僕と犬は完全に違う場所を歩いていて、すれ違うことすらなかった。僕は一時期不眠症を悪化させていたけど、その時期も犬の声は聞こえなかった。犬と不眠が紐づいていたことすら僕は忘れかけていた。人を好きになったり嫌いになったり、誰かを通り過ぎたり誰かが通り過ぎていったりした。

 そんなある日、犬を預かってくれている母の元同僚から写真が送られてきた。犬がその家に迎えられてから三年ほどが経っていた。真っ黒だった犬は白髪交じりになり、そして全体の色素も薄くなっているようだった。僕はそのとき、久しく忘れていた濃い灰色のこと思い出した。

 一緒に写真を見ていた母が「随分老けちゃったわね」なんて当たり前の感想を漏らす横で、僕は一つの予感を口にしようとして、そしてやめた。それを言ってしまうことで僕がとても悲しい気持ちになってしまうことが分かっていたからだった。久しく会っていない犬にそんなことを思うなんて、僕はとても自分勝手な人間なのだろう。でもこれも、どうしようもないことなのだ。

 それからしばらくして、犬が亡くなったという報せが届いた。犬に会いたいという気持ちも少しはあったので悲しかったけど、それでもなんだか一度聞いた話をもう一度されたような感覚と、宙ぶらりんな安堵も同居していた。このようにして、犬は僕の元から永遠に失われた。これが大体一年ほど前の話だ。

 

 犬のことを考えるようになったのは犬が死んだからではなくて、少し前に交わした友人との会話がきっかけだった。その男はアジアを中心にいろんな国を放浪していて、ほとんど日本にはいないような人間だった。彼が二年ぶりに帰国するというので、僕たちは明大前の喫茶店で落ち合った。

 友人の土産話はどれもスリリングだった。モルディブで買ったスパイスが、粗悪だったのか何かが混ぜられていたのかしていたせいで強烈なトリップ作用をもたらした話や、バングラデシュで誤認逮捕されたものの、ボディランゲージと賄賂でなんとか乗り切った話なんかは、その達者な語り口もあって僕を大いに楽しませた。そんな中にあって、最も僕の興味を引いたのは彼が帰国してからの話だった。

 それはとても単純な話で、彼の実家で飼われている犬が八年ぶりに会った彼のことを覚えていたというだけのことだった。元々家族の中で友人だけが懐かれていて、無防備にお腹を向けて撫でさせるのは彼にだけ許された行為だったらしいのだけど、彼が帰宅した瞬間、彼のもとに駆け寄ってお腹を見せてきたというのだ。その話を聞いた僕の頭にはいくつもの言葉が浮かんでは消えを繰り返したのだけど、最終的に僕の口から出てきたのは「昔、犬を飼っていたよ」の一言だけだった。友人は曖昧に相槌を打つと、土産話の続きとしてインドで象に蹴飛ばされた話をしてくれた。

 

  その晩、僕は犬の記憶について考えた。ここまで語ってきたような犬に関する僕の思い出話なんかではなく、犬の中に残っていたものについての話だ。

 犬は僕のことを覚えていただろうか。兄のことを、母のことを、覚えていただろうか。父のことは恐らく覚えていただろう。じゃあその散歩道は?寂れて崩れてうらぶれて、それでも撤去されなかった小屋のことは?僕と犬とを隔てた一枚のなにかについては、どうなのだろうか。

 犬は夢を見たのだろうか。死者の夢について考えることは、つまり走馬燈に思いを馳せることでもあるのだけど、じゃあ夢は、走馬燈は、どんなものだったのだろうか。僕の家に来た日のことは思い浮かんだだろうか。僕が用意した段ボール箱を、兄が買ってきたドッグフードを、そしてそれを母がふやかしたドロドロを、思う夜はあったのだろうか。「金太郎」の路上で一緒に鳴いていた四匹を思い出すことはあったのだろうか。冷たく横たわる濃い灰色のことを、老いた自身の毛色と重ねることはあったのだろうか。初めて自分の身体をさすったときの、兄の、母の、そして僕の顔を、忘れずにいてくれたのだろうか。

 そうやって、僕の部屋は雲でいっぱいになった。その雲がどんよりとした濃い灰色をしていることに、その晩はじめて僕は気付いた。それから僕はよく犬のことを考えるようになった。

 

 僕が眠れない夜に押しつぶされそうになっているとき、犬は庭を走り回っている。ミルクでふやかしたドッグフードを食んでいる。父親の車に向かってキャンキャン吠えている。「金太郎」の駐車場で段ボール箱に入って死んだ兄弟を踏みつけている。真っ黒だった身体がどんどん白髪混じりになっていっている。僕たち家族のいなくなった街で僕たちじゃない家族に愛されている。そうして僕が結局一睡も出来ないまま、疲れの取れない身体と頭で朝の満員電車に揺られているとき、犬は崩れ落ちるようにして眠るのだ。いつまでもいつまでも、ずっとひとりぼっちのままで。

 最近、ようやく僕は自分が犬との関わり方についていくつか後悔をしていることを自覚した。これは罰で、そうでなければ呪いだ。僕が僕自身に課した、或いは僕が僕自身にかけた。犬は犬故に誰かを裁きも恨みもせず、ただいつもの無表情で、使わなくなった小屋をじっと眺めている。自分の頭を撫でている僕のことなんて、まるっきり無視しながら。だけどこれは別に、悪い話なんかではない。もちろん良い話でもないけれど。

 今となっては犬について、悲しいと思ったり寂しいと思ったりすることはない。ただ、それでも最近の僕は、たびたび犬のことを思い出してしまう。

 

 

だいたいこんな感じでーす。