ならそれでいいです

そろそろ優勝したい

来世は木星並がいい

「人生なにが起きるか分からない」なんていう言葉は月並にも程があるが、それでもこの言葉を発さずにはいられない瞬間というものはたしかに存在するのである。

 

 なにからなにまで仮定の話をする。今、突然俺の目の前に十年前の自分に会いに行けるワープホール(この発想、如何にも前時代のオタクという感じで泣けるな) が出現したとしよう。いや、言いたいことは分かるがここはグッと我慢してほしい。なるべく姿勢と知能を低く保ったまま話についてきてくれると幸いだ。

 さて、とにもかくにもワープホールは出現した。俺は好奇心が旺盛なほうなので割と躊躇なくそれに飛び込む。するとその先には当然のように十五歳の俺がいる。まだ髪が「オシャレ短髪のパチモン」みたいな頃の俺は、一人暮らしを始めたばかりの練馬のマンションの一室で人生で最初かその次ぐらいに作った曲をMTRに吹き込もうとしている。

 十五歳の俺は最悪のガキだったので、俺の姿(主にとてもまともな職業についているとは思えない髪型と、人生経験の無さが浮き彫りになっている表情筋)を一瞥すると、全てを悟ったような顔で「まだなんとかしがみついてんのか」とほざく。

 一方現在の俺は最悪のガキがそのまま最悪の大人になってしまったような存在なので、ニヤニヤと意地悪く笑ったあと、目の前のいじめられっ子に向けて長いセリフを叩きつける。それは滅茶苦茶に早口で、相手に口を挟む余裕を与えない。そのスピードはつい最近初対面の女性に「めっちゃ早口ですね……(笑)」とキモがられたという事実が保証している。俺は早くてキモい。

 俺のキモさはさておき、十五歳の俺は早口の速度もさることながらその内容(この時点で俺は十分キモいので過不足なく聞き取れているのだ)に愕然とする。そして、そんな馬鹿なとか嘘に決まってるとか、とにかくそんなことを喚き散らす。

 それを聞いた二十五歳の俺は、過去の自分自身の子供っぽい反応に大層満足気に笑うと、帰りのワープホールに片足を突っ込みながら「まあ、人生はなにが起きるか分からんからなあ」と言って元の時間へと返っていく。あとには呆然とするばかりの十五歳の俺と、なにも録れていないままのMTRだけが残される。

 

 長いセリフというのはこうだ。「十年後、ようやくお前のバンドがデビュー作をリリースすることになるけど、それより数か月前にお前が『でつまつ調』で話している音声と、お前が書いたテキストサイト時代の出涸らしみたいな文章が全国のCDショップに並ぶことになるよ」

 去り際の俺に、他になにか言えることが、月並でない言葉があっただろうか? 

 

 

 というわけで、本日2018年5月23日は俺が2曲目の「ダンス・スタンス・レボリューション」に『でつまつ調』で語りを入れ、帯文を書いた挫・人間の初となるシングル「品がねえ 萎え」の発売日である。いやあ、めでたいめでたい。

 内容については各自が聴いて確かめてほしいところではあるが、このご時世にシングルを出すという姿勢を含めてとても挑戦的な作品だと思うので、本作に関われたことを非常に光栄に思う。いや本当に。

 

 語りと帯文、どちらも下川から話が来たとき「なに言ってんだこいつ」と思ったものだが、実際そこから商品が完成した今に至っても相変わらず意味がわからないままだ。特に帯文ってもっと知名度がある人に頼んで売り上げアップを図る場所じゃないのかよ。

 語りに関しては俺のキモさが存分に生かされていて調理上手だなという印象である。テストのつもりで録って送ったものがそのまま採用されたのだが、それがかえって俺本来の自然なキモさに繋がっているのではないかと思う。自分で書いてて落ち込んできたわ。

 実は本村というオタクにも話がいっていたらしいのだが、彼奴が録って寄越した「冒頭の語り(俺と同じもの)の後、一筋の光が差し込んだかと思うとその先にはギターがあり、それを手に取って「ハレ晴レユカイ」をフルコーラス弾き語る」という内容は俺を大いに叩きのめした。当然不採用ではあったのだが、正体不明の敗北感に打ちひしがれた俺は「その手があったか!」と慟哭するほかなかった。ちなみにそんな手はない。

↑ハレ晴レ、ではなく本村がベースを弾いているバンドのMVを貼っておく

 

 帯文についてもほぼ脳を使わずにいつものテンションで書かせてもらった。提示された文字数600字を大幅に超えてしまったような気がするが、まあなんかそこはデザイン段階で上手いことやってくれたらしい。世の中だいたいのことは後から上手いことやれば丸く収まるのだ。

 帯にも書いた通り内容を全く聴いていない状態で書いたのですぐに書くことがなくなり、口頭で話している際の語尾のむにゃむにゃとした部分だけで構成されたような文章になってしまったが、改めて見てみるとそれっぽく書けていると言えなくもなくもなくもない。やはり日頃から駄文を転がしていたことが活きたのだろう。なんでもやっておくものである。

 ちなみにこちらについては俺の方でもう一つの候補も作成しており、なんなら作成当時はそっちのほうが個人的には気に入っていたのだが、様々な判断の結果世に出回っているものが採用に至った。その没案の詳細については冒頭の一文に「帯tuber」という単語が出てくる、という一点を明かすに留めておこうと思う。冷静になればなるほどバンド側の判断が英断だったと思わされる(そもそも俺の起用が英断じゃないだろという意見は黙殺する)。

 

 とにもかくにも「品がねえ 萎え」、とてもオススメである。全国8億人の俺ファンは各自1万枚ずつ買い、帯を連ねて帯帷子を作って俺に会いに来てほしい。全国に5人のみ生息しているという俺アンチは、1枚だけ買って帯は捨て、「ダンス・スタンス・レボリューション」の冒頭部分を音声編集ソフトで切り取った上で3曲をじっくりと聴いてもらいたい。これだけで売り上げは……

 

8,000,000,000,005枚!!!!!!!!!

大ヒット、おめ。

 

 とまあ、そんなことを考えている俺は今タワーレコード新宿店にいて、目の前にはズラッと大きく展開された「品がねえ 萎え」があるわけなのだけど、ジャケットに写るアベ下川夏目のアホ面と、それに引けを取らないアホ臭い文面の帯文(とその末尾の「梶原笙」の文字)を見ていると、やっぱり口からは「人生なにが起きるか分からんなあ」という月並な言葉が漏れ出てしまうのだった。

 

※ちなみに、「月並」という言葉は元来「毎月行われる」といった意味として使われていたらしいのですが、ある俳人が「月並句合(要は毎月開催される句会)」で作られた型通りでつまらない句を批判の意味を込めて「月並調」と呼び、それが転じて現在使われている「ありきたり、陳腐」といった意味に変わっていったそうです。このある俳人というのは正岡子規のことで、子規が俺と同じ愛媛県松山市出身であること、子規が優れた歌人でもあったこと、下川が短歌を好むこと、これらが俺の脳内で運命的に連なったような気が本エントリを書き始めたときにはしていたのですが、冷静に考えるとこれはシンクロニシティとしては14点ぐらいの代物なのでマジのマジで全然まったくなんの意味もありません。

 

だいたいこんな感じで~す。

品がねえ 萎え

品がねえ 萎え